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第一章 お江戸は今日も大騒ぎ
まえがき
「八丁堀の旦那。お妹様の御帰還祝いで御座いますよ」
顔なじみの鳶の頭が鯛を届けに来たのは、今朝がたの事だった。
今日!南町奉行所の定町廻り同心・矢島圭吾の妹が、大奥から帰って来る。
お祝いに駆け付けてきたのは、妹のお吟を小さい時から娘のように可愛がっている鳶の頭だ。
鳶職は火消しの役目もになっていて、火事場にも飛んで行く江戸の花形職業。鉄火な仕事柄もあって、何かと八丁堀同心とのかかわりが深い。
「昨日のうちに、魚河岸に頼んでおきやしたんでさぁ」
日焼けした顔をほころばせて、小粋でいなせな小頭に鯛を持たせて、頭の秀治がわざわざ挨拶に出向いてきたのだ。
「こりゃぁ、すまねぇなぁ。」
隠居した父の与左衛門が、応対に出た。
奉行所に出仕前の圭吾も、モゴモゴと礼を言う。
圭吾の歯切れの悪さは、お吟が帰って来るその理由にあった。
妹のお吟は大奥での職を失い、昼過ぎには古巣に戻ってくる。
目出度いとは言い難いのだ。
享保元年(1716)八月十三日、八代将軍・吉宗が誕生した。
徳川幕府の将軍職を継いだばかりのその吉宗様が、幕府の経費節減のために、たくさんの大奥女中をリストラしたのである。
(享保の改革)の始まりだった。
改革の最初の一歩が、大奥のリストラ作戦。妹のお吟はその嵐に巻き込まれたのである。
別にお吟は、お目見え以上の一生奉公に出た訳では無い。たまたま、二年前に南町奉行職にあった松平佐渡守から兄の圭吾が、「其方の妹を、大奥の末働きに出しては貰えまいか」、と頼まれたのが事の始まりだった。
美貌で名高い彼の姪が、月光院様づきのお小姓として大奥に召し出されることになったのが、その切っ掛け。
七代・家継様のお加減が悪くなって、大奥では天英院様と月光院様の戦いが激化した。
もしもの時は八代様のご寵愛深い側室を自分の部屋から差し出したいと狙う月光院派が、美しい侍女を用意したのである。その琴絵様と一緒に大奥に上がったのが、十四歳のお吟だった。(因みに、此の争いを簡単に説明するならば。六代将軍・家宣の正室だった天英院と、七代将軍・家継の生母である月光院との女の闘い。八代将軍に誰を押すかでもしのぎを削っていた)
その辺りを考慮して、南町の定町廻り同心を務める兄の立場を思い、大奥のお末になるのを承諾したのが二年前の事であった。
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