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「ほら、綺麗に結び直してあげたぞ。……柊子?」
「あわ……あわわ……あわわわ」
柚希は怪訝そうに柊子の紅潮した顔を見上げる。柊子はいまだに硬直していた。しかし、頭の中は、
(どうして柚兄様が私の家に!?)
(私ったら、お兄様たちだと思って、なんてはしたない態度を取ってしまったのかしら!)
(柚兄様も柚兄様よ。女の子の袴の紐を勝手にほどくなんて信じられない! 私のことをまだ子供だと思っているから、そんなことができるのだわ!)
などと、疑問や恥じらい、憤りなど、様々な感情が目まぐるしく入れ替わり、大忙しだった。
柚希は、本来はとても照れ屋で奥手な性格である。
大正時代の男女は、「男女七歳にして席を同じうせず」の言葉通り、子供の頃から男女の別を明らかにして育てられてきたため、概して異性への免疫が無い人間が多いが、柚希は年の近い親族の少女たちともまともに会話できないほど奥手だった。同い年のいとこの撫子にすらよそよそしかったぐらいだ。
そんな中、三歳年下の柊子のことは昔から実の妹のように可愛がり、柊子が兄たちに意地悪をされて泣いていたら、柊子の頭を優しく撫でて泣き止むまで慰めてくれた。
柊子は柚希のそういう心優しい人柄に幼心にも好意を抱き、柚兄様が本当のお兄様だったら良かったのにとしみじみと思ったものだ。
しかし、許嫁となった今では、柚希のその優しさに不安を感じるようになってしまったのである。
自分と他の大人びた女性たちとでは、扱い方がぜんぜん違う。もしも柊子のことを女性として少しでも意識しているのなら、柚希は柊子の腰紐をほどくどころか、恥ずかしがって衣服に触れることすらできなかっただろう。
柚希の中では、柊子はいまだにおかっぱ頭の童女なのではないか……。そう考えると、
(私は許嫁なのに……。やはり、私は柚兄様にとって妹に過ぎないの? 柚兄様は撫子姉様のことをまだ……)
などと、考えたくない疑念が頭の中をよぎってしまう。
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