トラ

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トラ

 アパートの2階の窓から、オカンが男にまたがっているシルエットが丸見えだが、トラは無視してバットの素振りを続ける。  リトルリーグに所属していた小学生の頃、夜中に公園で素振りをしていたら、一部の小学生の間で噂だった、男か女か分からない不気味な子供「ましろさん」に遭ってしまい、以来、オカンがああいうことをしていても遠くには行かず、家の前で振り回すのが習慣になってしまった。  苛立ちを込め、縦にも、横にも、斜めにもぶん回す。人通りは皆無で街頭も少ない田舎の住宅街に、ビュンッ、ビュンッと、鉄が風を切る音が響く。  働いているスナックで知り合った、どこの誰とも知れない男を家に連れ込むオカン。「営業の一環や」と言うが、割り切れるわけがない。毎回こめかみの血管が切れて血が噴き出しそうになる。 「ああっ、クソっ!ざっけんなや、クソババァ!」  トラはオレンジに染めた髪をかきむしり、いっそ部屋に乗り込んでまとめて滅多打ちにしてやろうかと、肩を怒らせて玄関のノブに手を掛ける。が、こめかみをゴツゴツと叩いてその考えを振り払う。南米系のハーフで身体のデカさこそ大人に負けないが、まだ親の稼ぎに頼って生きている14歳のガキだという自覚はある。  一時間ほど前にナミから届いたLINEを見返す。 「hit」 「メンド。どうせ2人ではようせんやろ……」  金はほしい。しかし、今のテンションで行ったら、相手を脅すだけでなく、怒りにまかせて殺してしまいそうだから、既読は付けたが返信はせずに放置した。自分が行かないとなれば、アイツらも諦めるだろう。  寝られそうにないし。集会所にでも行ってみるかと思ったところに、今度はプルからLINEが来た。まだやるつもりなのかと呆れて読んでみると、更にイライラさせる言葉が並んでいた。 「やばいナミが拉致られそう。ダム方面の道を追ってる。俺だけじゃムリ!」 「あぁんのドアホッ……!」  思わず声が出た。2人でやろうとして、ミスったか。  前からバカだと思っていたが、今度こそ本気で絶縁してやろうかと、奥歯をギリリと噛みしめる。  勝手にヤラれちまえばいいとも思ったが、後で恨み言をきかされるのもウザいし、本当にヤバい相手かもしれない。  トラは枯れた植木鉢の下からオカンのスクーターの鍵を取り出してエンジンをかけ、バットをシャツの背中に突っ込んで、スロットルを吹かせた。
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