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プル
プルの愛車である鬼改造した単車は、先週派手に転んだせいでフロントフォークが歪んで乗りにくかったが、ナミとの待ち合わせ場所へ行くぐらいは大丈夫そうだった。今日は石手寺だ。
着古したよれよれのジャージが風に揺れ、丸刈りの頭にかかる夜風が当たっている。ノーヘルでも咎める奴などいない。たまに巡回している警官も、この辺りには滅多に来ないし、地元の警官も元ヤンが多いのでその程度のことで呼び止めたりはしない。
「プル!早く来いよ!」
スマホに録音したナミの声。ただ呼ばれただけの声だが、プルにとってはガソリンのようなもの。今のようにたまに再生して奮起する。
ちなみにプルというあだ名は、缶のプルトップを歯でもぎ取るというバカをして前歯を折ったことから命名された。ナミの気を引きたくてやったのだ。歯医者が嫌いなので、歯は欠けたままにしている。
「早かったか」
夜の石手寺は人が少なく、プルは自販機の前で缶コーヒーを買った。プルトップを開けて飲みながら待ち伏せ場所の場所に移動しようとした瞬間、嫌な気配を感じた。
「おう、トキサダやないか」
聞き覚えのある酒焼けした声に呼ばれ、プルは心の中で「ヤバ!」と呟いた。下の名前で呼ぶのは、親かこの男しかいない。
汚れまくった作業着を着たまま、ケバい女を連れて歩いてきた角刈りの男は、チームの初代サブリーダーのタニさんだ。もう三十代後半のはずで、チームも形を変えて昔のような特攻服スタイルではないゆるい集まりになっているが、未だにこの人は先輩ヅラして、嘘か本当か分からない武勇伝を語ってくる。セクキャバ帰りか。
「タニさん。こんばんは」
「こんな時間に何しとんねや。ナンパか?」
タニさんがグーに親指を突き刺す仕草をしつつ、ヤニで黄色くなった歯を見せて笑った。「なんじゃその表現。昭和か」と心の中で呟く。
「待ち合わせス」
タニさんは自分がチームにいた頃はやりたい放題だったらしいが、今のチームメンバーがカツアゲや恐喝まがいのことをすると、酷い時は「ウェスタン」の刑に処される。バイクに両足をくくりつけられて、アスファルトを引きずられるのだ。食らった奴を見たことがあるが、背中の皮が剥がれて、全治三カ月の大けがだった。
(絶対バレんようにせんと……)
「女か?紹介せえや」
「へ?あ、いや、実はまだ、そんな関係になってないっていうか……」
「何や。わしに取られるおもとんか。どんな子?」
「その、同級生なんスけど……」
プルがどう言い訳してこの場を逃れようかと考えていると、視線の先にある電柱の向こう側に、こちらのほうをちらちらと振り返るナミの姿が見えた。
「オオキ産業廃棄物」と書かれたウインドブレーカーを着た男に手を引かれて、トラックの助手席に引っ張りあげられている。
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