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助手席のナミが怯える姿を想像してプルは気が気ではなかったが、ポンコツの単車とスクーターでトラックを止める方法が思いつかない。
するとトラが緩い下り坂になったところを見計らってフルスロットルにし、運転席の横まで一気に追いついて、ドアに蹴りを入れた。
「何や!」
トラックから声らしきものが聞こえたが、エンジンの音でよく聞こえないし、後方から顔は見えない。トラが運転席に怒鳴った。
「止めろ、オッサン!」
「ああ?誰や?ここいらのクソヤンか?」
「横の女下ろせ!俺の女やぞ!」
トラの「俺の女」というフレーズに、プルの胸がチクリと痛む。
「女なんかおらんわい!さっさと去(い)ねや!」
おっさんが言い放った。声に震えが混ざっている。キレ慣れてないタイプだ。強めに脅せば何とかなりそうだが、トラックを止めないことにはどうにもならない。
すると助手席のドアが跳ねるようにガバッと開き、黒い影が飛び出したかと思うと、ドサリと道路脇の草むらに転がり落ちた。
ナミが隙を見て飛び降りたのだ。
「あああっ!ナミ!」
プルは慌てて草むらへとハンドルを切り、街灯がほとんどないので、ヘッドライトで照らしながら路肩に単車を停めて、ナミの元へと駆け寄った。
「う……う……」
ライトに照らされた個所以外は良く見えないが、露出した腕や足のあちこちに擦り傷ができており、赤黒く腫れた足首を押さえてぶるぶると震えている。ひねったか、折ったか。
「ナミ!大丈夫か?」
「ううっ……うううううううう…………」
黒髪のヅラがずれて、赤い髪が半分出てしまっているナミが、肩を揺らして泣いている。ナミはよく泣くが、ここまで怯えている姿を見るのは、もしかしたら初めてかもしれない。
「ああ、止めとくんやった……ごめんなぁ、ナミ」
プルはおっさんへの怒りと、この事態を招いた自分への罰を込めて、頭を拳でゴツゴツと殴った。
「くそおっ!あのおっさん殺す!」
プルの怒声が夜の森に吸い込まれ、それと同時にトラックがタイヤを滑らせて急停止するブレーキ音がした。
「ふざけたまねしやがってガキがっ!」
さっきのおっさんの声だ。さっきの様子だと気の小さい男で、そのまま逃げ去るものと思っていたが、違った。
「野郎…………」
プルが鼻息も荒く駆け寄ると、トラックを止めて道路に降り立ったおっさんと、金属バットを正面に構えたトラのシルエットが、トラックのライトに照らされて睨み合っている。
おっさんの右手にあるのは、工業用の大ぶりのハンマーだ。あのトラを相手に一歩も引かずに立っている。
身長はトラとそう変わらないし、一見さえないどこにでもいるおっさんだが、何かを捨てた人間ならではの凄みがある。たまにこういうタイプと遭遇する。
「美人局か!ふざけた真似しおってクソガキが!」
「やかましいこのエロオヤジが!そんなんでバットに勝てると思とんのか!」
「なめやがって……こんなところで足止めを食う訳には……」
おっさんがよく分からないことを口走っている。
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