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トラ 2
眠れないかと思ったが、トラは自分のしわくちゃのベッドで朝を迎えていた。
寝ぼけ眼のトラに、昨晩の記憶が襲いかかる。
バットから伝わってきた、頭蓋骨がめり込んで砕ける感触。
二度目の攻撃で、完全に動かなくなったおっさん。
背中にしがみつくナミと、ロボットのような表情のない顔でスクーターを運転する自分。
そして、恐らくあの瞬間、自分にしか見えていなかった「アイツ」。トラックの中からこちらを見ていた、あの目線。
間違いない。子供の頃に出会った、あの子だ。
あれのせいで、手元が狂った。おっさんの肩を狙ったバットが、頭に命中してしまったのだ。
爽やかな朝の日差しが差し込む部屋で、トラは天井を見上げた。
俺は、人を殺してしまったのだろうか。バレたら少年院に行くことになるのだろうか。
まだ14歳。発覚したら罪はどうなるのか。賠償金は?殺人プラス無免許運転プラス美人局で、一体幾ら払わされる?
ひと気のない場所だったから目撃者はいないだろうが、追いかけてる時の対向車に顔を覚えられかもしれない。
そこまで考えたところで、トラはたと気付いた。
「バット!」
ベッドから跳ね起き、血走った目で部屋を探し回る。無意識で帰宅したので忘れていたが、いつもの場所に、それはあった。ベッドの下。いつ誰が襲ってきても対処できる位置だ。
きれいなバットだったら。全部夢だったら。そんな甘っちょろい願望もむなしく、バットには赤黒い血跡とおっさんの髪の毛がベットリとついていた。
スーパーでパクったTシャツでバットをぐるぐる巻きにし、胸に抱えながら周りを警戒しながら玄関から出るトラ。スクーターのところへといく。ない。
「オカン乗ってったんか……」
そもそもあのスクーターはオカンのものだ。
バットは処分。スクーターはわざと壊して新しいのを買ってやるとでも言おうか。美人局で稼いだ金は歳を誤魔化して入ったパチンコと風俗でもうない。誰から新しいのをパクるか。
「クソがっ!」
怒りにまかせて壁を殴る。アパートの土壁に、またひとつ拳形の凹みが増えた。
「あのゴミども……あいつらのせいで……!」
助けになんて行くんじゃなかった。プルは小学校からの友人だが、このところバカが加速して、さすがにウザくなってきたところだ。
美人局を持ちかけてきたナミは、知人程度のヤンキー仲間で、美人局の金の繋がりでつるんではいるが、親が宗教にハマってるとかで闇が深い。彼氏役を演じてはいるが、実際につき合いたいとは思わない女だ。
放置しておけば良かった……。
ガキの頃から、目の前のことだけ考えて生きてきた。米兵らしい父親から受け継いだ屈強な身体で、全てを力で解決してきた。
後悔というのはこういう気持なのかと、トラはこの瞬間に初めて学んだ。
考えがまとまらないまま家の前をうろうろと歩き回っていると、スマホが鳴った。プルからのLINEだ。
トラ。今すぐLINEかヤフーのトップニュース見てみ!
普段ニュースなんてほとんど興味がないが、今回ばかりは違った。昨晩のことが、もうニュースに載ったとか……?トラはLINEを閉じ、ヤフーのアプリを開いた。
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