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――聞こえてくるブレーキ音。オレンジの夕焼け。何か強い力が加わった衝撃。
瞳を閉じると思い出す、懐かしい記憶。そしてゆっくり目を開いて、鏡に映らない自分の姿を見つめた。
尖った耳に背中の黒い羽根、どこから生えてきているのかわからない、先の鋭い尻尾。前髪で隠した顔の半分の皮膚は一部爛れている。全身の姿を見ることが出来ないのだが、誰がどう見ても、これは化け物の姿だ。
誰にも見られない、見てもくれない姿になった俺は、気が付けば毎日ずっと、都会の道路の柵に寄りかかるようにして立っていた。座り込むと尻尾が車や人に踏まれるから、ずっとずっと立っていた。――彼女出会うまでは。
「――なあ、なんで俺なんか拾ったの?」
五畳のワンルームの小さな部屋。ロフトに繋がるはしごに腰かけた俺は、学校のレポート用紙と睨めっこしている彼女に問う。すると彼女は不思議そうに、俺の方を見て答えた。
「……勘?」
「答えになってねぇんだけど」
むしろ疑問が増えた。俺がそう言うと、彼女はニッコリと笑い、レポート用紙を片付け始めた。
「ねえ、リツが作ったホットケーキが食べたいな。蜂蜜いっぱいかかっているやつ」
「え? 今から? 太るぜお前」
「いいの! 朝だろうが夜中だろうが、リツの作るケーキが好きなの!」
「……しょうがねえなぁ」
満面の笑みでそれを言われてしまえば、俺に勝ち目はない。重い腰を上げてキッチンに行くと、彼女までついてくる。
「ここにいていい?」
「ご自由に」
――人は皆、俺のことを化け物だとか悪魔だとか言って軽蔑する。それでも彼女だけは違った。
『ねえ、一緒においで。私の傍にいてくれる?』
今ならあの場にいた意味も、なんとなく分かる気がする。
「……ねえリツ」
「ん?」
「どこにも行っちゃ、嫌だよ」
「……どこにも行かないよ」
俺は【リツ】。彼女がそう名付けてくれた。だから俺はもうどこにも行かない。
――これは思い残した人間が、化け物になってまで彼女に会いたかった話。
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