「傍にいて」

2/2
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ
 ――聞こえてくるブレーキ音。オレンジの夕焼け。何か強い力が加わった衝撃。  瞳を閉じると思い出す、懐かしい記憶。そしてゆっくり目を開いて、鏡に映らない自分の姿を見つめた。  尖った耳に背中の黒い羽根、どこから生えてきているのかわからない、先の鋭い尻尾。前髪で隠した顔の半分の皮膚は一部爛れている。全身の姿を見ることが出来ないのだが、誰がどう見ても、これは化け物の姿だ。  誰にも見られない、見てもくれない姿になった俺は、気が付けば毎日ずっと、都会の道路の柵に寄りかかるようにして立っていた。座り込むと尻尾が車や人に踏まれるから、ずっとずっと立っていた。――彼女出会うまでは。 「――なあ、なんで俺なんか拾ったの?」  五畳のワンルームの小さな部屋。ロフトに繋がるはしごに腰かけた俺は、学校のレポート用紙と睨めっこしている彼女に問う。すると彼女は不思議そうに、俺の方を見て答えた。 「……勘?」 「答えになってねぇんだけど」  むしろ疑問が増えた。俺がそう言うと、彼女はニッコリと笑い、レポート用紙を片付け始めた。 「ねえ、リツが作ったホットケーキが食べたいな。蜂蜜いっぱいかかっているやつ」 「え? 今から? 太るぜお前」 「いいの! 朝だろうが夜中だろうが、リツの作るケーキが好きなの!」 「……しょうがねえなぁ」  満面の笑みでそれを言われてしまえば、俺に勝ち目はない。重い腰を上げてキッチンに行くと、彼女までついてくる。 「ここにいていい?」 「ご自由に」  ――人は皆、俺のことを化け物だとか悪魔だとか言って軽蔑する。それでも彼女だけは違った。 『ねえ、一緒においで。私の傍にいてくれる?』  今ならあの場にいた意味も、なんとなく分かる気がする。 「……ねえリツ」 「ん?」 「どこにも行っちゃ、嫌だよ」 「……どこにも行かないよ」  俺は【リツ】。彼女がそう名付けてくれた。だから俺はもうどこにも行かない。  ――これは思い残した人間が、化け物になってまで彼女に会いたかった話。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!