プロローグ

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プロローグ

 誰にでも隠された記憶があるという。深層心理? 潜在意識? いやそれ以上の何かが…… この物語はけして他人事(ひとごと)ではない。シークレットメモリー(隠された記憶)は、あなたの人生を支配しようとさえするのだから……。 ***  藤川紫織(ふじかわ しおり)は大学三年の夏休みを迎えたところだった。  思い出したくない記憶を止める方法は、あるのだろうか。忘れようとしても、再び鮮明に蘇ってくる心臓の音。紫織(しおり)は過去の影に(おび)えていた。  彼女は母親を憎んでいた。幾度も、その記憶が襲いかかって来ることを、どうすることもできず、ただ、ただ、怖くて震えて悲しみのなかに居た。  細かいことはぼんやりとしているのに、恐怖心だけは、やけに鮮明に蘇るのだ。  ……真っ暗闇。  小さい頃の彼女は、膝を抱えてうずくまっていた。それが、何年前なのかも覚えていない。幼稚園に通い始めるよりは前であったと思う。  幼い彼女は、クローゼットに閉じ込められていた。おしりの下や背中から、衣類の感触が伝わってくる。これから起きようとする、恐ろしい出来事とは対称的に、柔らかく暖かい物が、自分を守ってくれているように取り囲んでいる。外から微かに聞こえる、母の声。 「しかたない。……もう、殺すしかない。この子を殺すしか、方法がない」  全身が凍りつくように硬直する。動こうとしても、手足の自由が効かない。声も出ない。 「お願い! 殺さないで!」 心では何度も叫んでいるのに、息すらまともにできない。  ドン! ドン! ドン!  激しく壁をたたくような音が三回聞こえた。次に聞こえてきたのは、男の子の声だ。泣きじゃくりながら必死で訴えている。 「やめて、可哀想! 止めて! だめだよ!!」 急速にその声は遠ざかって行った。誰かが表にでも連れ出したのだろう。  朦朧(もうろう)とした意識の中で、どのくらい時間が経過したのか分からない。 いつしか、うすらぼんやりと眠っていたようだった。  ピカッ!  まぶしさに目が覚めて顔を上げると、開けられようとしている扉の細い隙間から、光が見えた。 「怖い! 殺される!!」 紫織(しおり)はそのまま気を失ったのだった。
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