269人が本棚に入れています
本棚に追加
/190ページ
「職場の空気はよさそうだし、困ってる人を助けてる感じだったから」
「助けるか……お前にはそう見えたか」
冷たく言う福富に、東は聞く。
「違うの?」
「あの女には他にもやり方があった。たとえば、闇金の事を警察に話して匿ってもらってから、正規の借金は自己破産して、生活保護を受給するとかな」
話しながら歩いていた福富が、足を止めると、東も立ち止まった。
福富は続ける。
「だが、それはしなかった、他人に頼ったんだ。おかげでこっちは踏み倒す予定の闇金の借金分と、家賃、仕事紹介料が丸々入ってくる。さらにやつの給料もほぼうちに入る。あの女は自分が損している事に気づいてない、むしろおれ達に感謝すらしてるだろう」
「そう思うと酷い話だね……貧困ビジネスってやつ?」
「本は読んでそうだな。おれは最終確認はとる様にしている。自分が悪いんだ。他人に頼るのは悪い事じゃない。だが、自分の人生を他人に渡したら終わりだ」
そう言うと、福富は東の方に体を向けた。
そして、就任パーティーの後とは思えない冷たい形相で言う。
「ジョージ・オーウェルは言った。生きるためにはしばしば戦わなければならないし、戦うためには手を汚さなければならない。戦争は悪だが、ときにはもっと大きな悪もある。剣を執る者は剣によって滅びるが、剣を執らない者は業病で滅びる」
さらに続ける。
「同じ滅びるなら、おれは剣を執る」
酷く酔っていた東は、それを聞きながら、昔読んだジョージ・オーウェルの1984を思い出していた。
……テレスクリーンに監視された世界で生きる人々。
おれ達の社会でも、安全のためにそこら中に監視カメラがある。
東は、急に気持ち悪くなって嘔吐した。
それを見て、普段は無表情の福富が楽しそうに笑っていた。
最初のコメントを投稿しよう!