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アリとカマキリ
気がつくと、春香はホテルのフロントのような場所にいた。
「ようこそ、FROGHOTELへ。こちらへどうぞ!」
突然春香の後ろから大きな声が聞こえ、手足の長い二足歩行のカエルが現れた。制服を着ているので、多分ホテルのフロント係だろう。
「遅い時間のご到着、お疲れではありませんか?チェックインの手続きは明日にして、すぐにお部屋へご案内出来ますが、どうされますか?」
フロント係がカエルなんてありえないし、チェックインが後回しだなんておかしな話だが、歩き疲れたせいか、先程から尋常ではない睡魔が春香を襲っていて、それを深く考える事自体、脳が拒否していた。
今すぐにでも眠りたい...。
「それでお願い出来ますか?」
「承知しました。」
春香が案内された部屋のドアには、羊のプレートが掛かっていた。中に入ってみると、部屋はシンプルなシングルルーム。睡魔に耐えきれなくなった春香は、そのまますぐにベッドへ潜り込んだ。
すると、どこからともなく誰かが、話しかけてきた。
「気をつけて!ここから早く出ないと...。」
最後の言葉を聞く前に、春香は眠りに落ちていた。
目を覚ました春香は、昨日の声を思い出して、すぐにここを離れることにした。
春香はフロントの呼び鈴を何度も鳴らしたが、誰も現れなかった。仕方なく、少し離れた所にあるソファーに座って待つことにした。サイドテーブルの上には、雑誌が置かれていたが、見たことのない文字が並んでおり、手に取る気にはなれなかった。
どうすれば家に帰れるんだろう?
春香が漠然と考えていると、雑誌の横で何かが動いていた。よく見ると、それはアリだった。
こんな所じゃ、誰かに踏み潰されちゃうよ。
ホテルの外に逃がそうと、春香はアリを右手に乗せようとするが上手くいかない。そうこうしているうちに、なぜかカマキリまで現れた。春香は二匹を見て、ホッとした。
春香は子供の頃から昆虫が好きで、友達の様に接してきた。ド田舎に育ったおかげで、たいがいの虫とは触れ合えた。もちろん、今ここにいるアリやカマキリにも。大人になった今も、飼っているメダカの水槽に虫達が溺れていると、すくい上げて助けている。人間が生きているように、虫も生きている。困っていれば助け合う...、春香には当たり前のことだった。そして今、この二匹に自分が救われている気がした。
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