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かっぷくのいいカエルが、ペンと一枚の書類を春香の前に置いた。
「では、まずお名前をご記入頂けますか?」
春香はペンを取ったが、書類の文字が全く読めず、書くことが出来なかった。それを見て、かっぷくのいいカエルが首をかしげる。
「あなたは人間様ですよね?」
「そうですけど...、何か変ですか?」
「失礼しました。私はここの支配人を長らく務めておりますが、あの部屋に入られて 再び出てこられた人間様はあなたが初めてなのです。羊のプレートをご覧になられたでしょう?あのプレートは生け贄を捧げる部屋を意味しています。大変申し上げにくいのですが、ここでは人間様のみが生け贄となります。部屋にご案内すると、次の日の朝には、皆様死を迎えられます。しかし、あなたは部屋から出てこられた...。ですから、私は人間の形をした別の生き物かと疑ったのですよ。」
「なぜ、人間だけが生け贄になるのです?」
「私が唯一話せることは、ここは人間だけのものではないということ。我が物顔で振る舞うだけならまだしも、人間はどれだけ他の一族を苦しめ、滅ぼしてきたことか。次は人間が滅ぼされる番です。その時はすぐそこまで来ています。最近は人間を生け贄に差し出しても、あの方のお怒りが治まりませんから...。イタッ!」
支配人が右手の甲を払う。右手の甲には、黒い点のようなものが見えた。それがアリであることに気がついた支配人は、春香が聞いたことのない言語で、アリに話し始めた。支配人の右肩からはカマキリが手の甲に向かっている。
もしかして、さっきの二匹...。
「今、こちらのお話を聞いて、やっと理解できました。このお二人があなたを守っていたのですね。お二人はアリ族とカマキリ族の王子です。地上で一族の者達が、あなたに沢山救われたとおっしゃっています。」
アリとカマキリが支配人の手から降り、書類の上を歩き始めて別々の箇所で止まった。
「お二人に守られているとはいえども、ここでは人間様は体力を消耗します。早くお名前とご住所をご記入下さい。それが、地上に戻る手段です。」
アリが足で、カマキリが手で書類を叩いているように見えた。春香は急いで、アリがいる箇所に名前を、カマキリがいる箇所に住所を書く。
「お二人が今までの御恩をお返ししたいとおっしゃっておりますが...。」
春香は一瞬考えたが、すぐに首を横に降った。
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