ビジネスホテルの悪い夢

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ビジネスホテルの悪い夢

 枕元の電話が無機質なコール音を室内に響かせた。それが二度鳴るよりも先に受話器を取る。 「おはようございます。お目覚めの時刻です」  ビジネスホテル特有の、男とも女とも判らぬ機械的な声によるモーニングコール。それを聞くだけ聞いて受話器を置き、俺は早々に部屋の外へ出た。  同じフロアの扉が次々に開き、そこの部屋の主が姿を現す。けれど挨拶の言葉は誰の口にもない。俺を含め、誰もが別のことに意識を向けているから挨拶の暇すらないのだ。  空けた扉の真ん前に置かれた封筒には、自分の名前とルームナンバーが記されている。  梶川達哉。部屋番号は506。  間違いがないことを確認し、俺は封筒の中身を見た。 『ミッション:金庫を開ける』  それだけが書かれた紙と、527と記されたルームキーが封筒から出てくる。それらを握り締め、俺は駆け足で527号室へ向かった。  周りの連中も封筒内の指示に従い動き出す。  俺のようにどこかの部屋へ単身駆け込む者もいれば、出てきたルームキーの番号を口にして、一緒にその部屋へ行く相手を探している者もいる。  時間との戦いになるミッションの場合、あの手間はそれなりに厄介だ。それに複数人で取りかからなければならないミッションは、一人仕様の時より理不尽さが高くなる場合が多い。だから俺としては単独行動ができるミッションの方がありがたい。それに、一人ミッションは色んな意味で気が楽だ。  指定の部屋をルームキーで開け、俺は真っ直ぐに備えつけの金庫の前へと進んだ。  ダイヤル式のごく一般的な金庫だが、暗証番号の類はどこにも表記されていない。  制限時間は夜の八時。闇雲にダイヤルを回し続けても時間内に開錠はまず不可能だ。  これまでの経験上、一人用のミッションにはたいてい室内に最低限のヒントがある。まずはそれを探すのが先決だ。  机の上、引き出し、ベッドからユニットバスまで一通り室内を見てみるが、数字らしき物はどこにも書かれてはいない。  よほど強運の持ち主でない限り詰むタイプのミッションに当たってしまったのか。  うなだれながらも、手掛かりを求めてもう一度室内を細かく調べて行く。  電話には何もない。メモ用紙にも何も…いや。  紙の重なり方に若干の違和感を覚え、俺はメモ用紙をめくった。
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