ビジネスホテルの悪い夢

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 廊下には、おそらく俺と同じ考えだろう二つの姿がすでにあった。でも最初と比べて一人足りない。  並びの部屋順の中、一つだけ開いていない扉を見つめる。  …この部屋の人はあの水責めに耐えることができなかったのか。  なんとも重苦しい気持ちで扉を見つめていたら、ふいに隣にいる男の片方が叫び出した。 「俺のせいじゃない! 俺は蛇口を開けただけだ! 俺のせいなんかじゃない!」  まさに絶叫という声を上げて、男がずぶ濡れのまま走り出す。その向かう先が階段の方だと判り、俺ともう一人は男の後を追いかけた。  あの男は何を言ってるんだ? 俺のせいじゃない? それは当然だろう。だって、ただ風呂の蛇口を捻っただけだ。なのに何をあんなに怯え、錯乱して走り出すのか。  その理由は判らないけれどこの先に行かせてはいけないことは判る。  昨日、エレベータに乗り込もうとした面々の末路は何となく知った。そしてあの時聞いた声から察するに、きっと階段も結果は同じだ。 「わぁぁぁぁ!」  間に合わなかったことは聞こえてきた叫びで理解できた。  辿り着いた階段は一段め以降が闇に覆われ、その先を見ることはできない。けれど濃く漂ってくる血の匂いが、さっきここへ走って行った男の行く末をたやすく連想させた。  言葉もなく部屋へ戻ると、今になって先刻聞いた『俺じゃない』という叫びが甦ってきた。  あの男は何に言い訳をしていたのだろう。  こんな状態だというのに何故か知りたい気持ちが湧いて、本能的にヒントはきっとそこにあると、俺はもう一度バスルームに踏み込んだ。  さっきの水没で散らかりきったユニットバス内をざっと見回す。その時、最初にここへ来た時には気づかなかったモノに俺は今やっと気がついた。  蛇口にとても小さく書き込まれた三桁の番号。俺が今いる部屋と一番違いのその数字が、男の叫びの謎を俺に教えた。  この蛇口を捻って湯が溢れるのは、ここに番号が刻まれた部屋のバスルームだ。  あの男は早い段階でこの数字を見つけ、からくりを察知したのだろう。そして、親切のつもりか、はたまたこの結末を予想していたのかは知らないが、犠牲者の部屋に通じる蛇口を全開にした。  おそらく正解だろう推測に、俺はその場に膝をついた。
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