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「…っ」 人当たりのいい笑顔を武器に営業として働いていた綿貫。普段ならばなんてことのない外回りだが、睡眠不足のためか街角で目の前が真っ暗になった。 綿貫は倒れまいとどうにか道の端に寄り、しゃがみこんだ。道行く人の視線がいくつか突き刺さるが、声をかけるものはない。それでいい、綿貫はそう思っていた。 「大丈夫?」 目の前から男性と思しき低く柔らかい声がした。綿貫が何も言えずにいると、男は掌を頬に添えて顔をそっと持ち上げ、口に何か甘いものを入れてきた。 「いちご…?」 ようやく綿貫が口に出せたのはその一言だった。目の前にしゃがんでいる優しい微笑みを浮かべた男が、低く柔らかい声の持ち主だった。 「立ちくらみ、治ったようだね。」 男は頬に添えていた手を離し、綿貫をそっと立ち上がらせて去ろうとした。綿貫はとっさに男の腕を掴んで引きとめた。 「あのっ、お名前は…」 そう聞いてから名前だけ知ってもどうしようもないことに気づき、慌てて名刺を取り出して、男の手に押しつけるように渡す。 「すみません、今度お礼をさせていただきたいのでよかったらご連絡を…失礼します!」 名前も聞かずに名刺だけ押し付けてしまったことに気づいたが、後の祭りだった。連絡をもらえたならばきっとわかるだろうと信じ、綿貫は自社へと戻っていった。 手に名刺を押し付けられた男はしばし呆然としていたが、名刺をちらりと見て呟いた。 「綿貫 怜…」
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