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有沢が言って、田中が「ヤベェ! 修羅場じゃん!」とかすれた声で嬉しそうに言う。 誰かが階段を降りていく足音が聞こえて、もう二人ともいなくなったと思ったのか、押さえていた口もとから笑いが込み上げた田中は吹き出す。 「何してんの!」 有沢の声が聞こえてぼくは慌てて田中の口を手のひらで押さえた。 有沢の強い気持ちを目の当たりにして、ぼくは興奮していた。なんでそんなに好きになれるんだろう。田中が将棋をバカみたいに好きなように、有沢は宇井蓮太朗のことをとても好きなのだ。 どうやって好きだという気持ちに気付くのだろう。好きだという気持ちが砂時計みたいに少しずつたまって、いっぱいに満たされたて知るのか、あるいは稲妻に打たれるみたいに電撃的なのか、それとも花が咲くみたいにおだやかにゆっくりと悟るのか。 ぼくもあんな風に何かを、強く好きだと思ってみたい。 とても良いからと他人に自信を持って薦められるほど、もうすでに誰かのものなのに諦めずに奪いに行けるほど、何かを強く好きになりたい。 帰り道の本屋でぼくは、川端康成の『みずうみ』を買った。 その日のうちに読み終わった。あまり面白くなかった。     
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