2/9
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
「本当に助かりました」  湯気の出ている紅茶のカップを受け取りながら私は頭を下げた。 「いえいえ、この雪だから大変だったでしょう」  お盆を胸に抱えながらにこやかに紀美子さんが言う。冬の連休を利用して車で旅行をしていた私は突然の大雪に襲われた。周囲にはほとんど民家も商業施設もないような山道で雪に足を取られて車が立ち往生してしまったのだ。1人ではどうにも動かすことができず、かといって他に車が通るような雰囲気もなかった。時間は夜の9時を回っていたが雪の激しさは増していくばかりで車の中で一晩過ごすのもためらわれた。  携帯で助けを呼ぼうと画面を見た時に私は驚いた。圏外だったのだ。助けを呼ぶこともできず車の中で1人過ごすしかないのかと途方に暮れていた時に木々の間からわずかに明かりが見えそこに向かって歩いた。そして、この旅館にたどり着いたのだ。立ち往生したすぐ近くに旅館があったということは幸運だった。  突然転がり込んだ私を旅館を経営している修二さん紀美子さん夫妻は快く受け入れてくれた。 「お嬢ちゃんこの辺りの人とちゃうやろ」  お腹が大きくせり出している恰幅の良い海江田さんが腹をさすりながら向かいのソファに座って笑っている。 「ええ。この辺りは今回初めて来ました」 「この時期この辺りは豪雪地帯やからな。地元の奴らやよく来る奴らは夜に移動する奴はほとんどおらん」 「本当に参りましたよ。見込みが甘かったです」 「でも、ちょうどこの旅館の近くやったんやろ? お嬢ちゃんはラッキーやな。じゃなきゃ死んでるとこやで」  車の中で冷たくなっている自分を想像して背筋が寒くなる。 「そんな風に若い娘を脅えさせないでくださいよ」  海江田さんに温かいお茶を渡して修二さんがたしなめる。「冗談だよ冗談」と海江田さんがまた笑う。 「楓さんも遠慮せずにゆっくりしていってくださいね。何もない旅館ですが温泉と料理は自信があるんですよ」  どこまでも優しい修二さんに「ありがとうございます」と頭を下げる。 「本当にここの温泉は気持ちいいんですよ」 「お肌もすべすべになるから楓さんもぜひ入ってみてください」  右隣のソファに2人寄り添って座っている清さんと雅美さんのカップルが言う。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!