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「ええと、本日よりお前らの国語科を担当するシエル=クレバーだ」
……何でこんなことをやっているのだろうか。
教壇に立って自己紹介をしつつ、ぼんやりと思う。
想定外だ。視線は遠く先を捉え、私は先程の会話を思い出す。
『2倍、3倍なんて端金でこんな鬼門に勤められるものですか!』
『分かった。10倍の給金を出そう。僕の3倍以上の給金だ。……当然、引き受けてもらえるね?』
『う、はぃ……』
給金を口実に断ろうとしたのは、失敗だった。失敗であり、惨敗だ。10倍とまで言われて、それを端金と見なせるほど私の肝は太くない。
学院長は実に良い笑顔で私に国語科教師を押しつけていった。
くそう、何とかして辞めてやる。金の問題じゃないんだ、単純にこの仕事を引き受けたくないんだ。
ちゃんとそう言えば良かった。
だが、引き受けてしまったものは仕方ない。とりあえず現実にかえって何とか授業をしようじゃないか。
内心滂沱の涙を流しながら、私は教室を見渡した。そして、絶句する。
……。
なんと言うことだ。自己紹介をしていると言うのに、誰一人として私を見ない。めいめい、魔術書を片手に魔術談義にはげんでいる。いやはや実に熱心だ。その集中力と、勉学に対する姿勢には脱帽だ。
……キレていいですか。
……いや、ダメだ、落ち着けシエル。コイツらが問題児ってのは先輩同業者からも、学院長からも言われていたことじゃないか。ここは鬼門で、これくらいは予想済みだ、そうだろう?……よし、落ち着いた。
落ち着いた私は、先程よりも大きな声で、最初から自己紹介をやり直した。
「本日よりお前らの国語科を担当するシエル=クレバーだ」
前列の数名が、ちらっと此方を向いた。何だこの騒音は、みたいな視線だが、ないよりマシだ。ようし、いいぞ、お前らはそのまま前を向いておけ。
そのまま声量をあげて、自己紹介を続ける。
「お前らの国語力を向上させることによって、情操の発育と十分なコミュニケーション能力を身に付けさせることを方針とする」
……うわ、また誰も私を見なくなった。何故だ。これでは振り出しに戻ったではないか。
いや、雑談の声量が大きくなっている。くそ、コイツら私の声でも掻き消されないようにしやがったな。対抗するんじゃないよ、それじゃ振り出し以下だろうが。
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