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〜断章〜
雪が降る。とはいっても、雪が積もる様子がないほどささやかに降っている。病室の窓を隣に亜子との話に花を咲かせていた。
亜子は毎日のようにお見舞いに来てくれる。その奇跡みたいな幸せを噛み締めて彼女の笑顔に見入っていた。見ていると、こちらまでも嬉しくなって笑顔が溢れる。
僕にも望める幸せがあると知ってから数ヶ月経った。自分が1人じゃないことを、死を目の当たりにして知ったのだ。そして、運良く生き長らえ、亜子との想いが重なり、今に至る。
亜子は苦しさに溺れる僕に手を差し伸べてくれた。それなのに、僕は彼女に何もしてあげられていない。せめて今年中には何かしらのサプライズをしたいと思っていた。
しかし、僕は亜子を喜ばせる方法を知らない。言い訳ではあるが、亜子はちょっとしたことにでも喜ぶから、どれが本当の「喜び」なのかが分からないのだ。
「そろそろクリスマスだね」
「そうだね。あ、クリスマスどこか行く?」
自分なりに機転を利かした。よく考えれば、僕が入院しているせいであの夜以来、デートに行けていない。もちろん、デートだけで終わる気はない。何かサプライズをしようと考えた。
「体は大丈夫なの?」
「それなんだけどさ、実は24日に退院するから25日なら行けるよ」
「ほんとに⁉︎ じゃあ行きたい!」
笑顔が弾けた。眩しくて目を逸らしてしまい、すぐに後悔する。
「どこか行きたいところある?」
「啓太と行けるならどこでもいいよ」
亜子がさらっと放った言葉に僕の顔が赤く染められた。その様子を見た亜子も自分の言葉を反芻し、やがて赤くなる。
「あ、あ、じゃあさ、僕が計画しておくね!」
「あ、わかった! じゃあお願いするね!」
恥ずかしさと焦りを隠そうといつも通りを装うが、動揺しているのが丸わかりな会話であった。
「……時間だから、そろそろ帰るね」
「あ、うん。わかった。じゃあまた」
「うん。明日ね」
気まづさを埋めるように亜子は部屋から出て行った。
ここ最近、何かがおかしい。小中の頃にここまで胸が高鳴ったことはなかった。高校の初め頃も何ともなかった。しかし、両想いと分かって少し経った頃、得体の知れないドキドキに襲われるようになったのだ。
好きという感情は、元々こんなものなのかとも思った。でも、時期を考えると亜子に好意を抱かれていることに胸が高鳴っているのかとも考えた。どちらにせよ、今まで普通にできていたことができなくなっている。進歩なのか、退歩なのかよくわからない。
***
デート前日の24日。サプライズの内容として、何かプレゼントをしようと思い立ち、そのプレゼントを買うために近くのデパートへ来ていた。
どれがいいかな……。
1日で回るには広すぎるデパートの中から闇雲に商品を探し、亜子が喜ぶであろう商品を見つけ出すのはなかなか至難の技だ。ある程度目星をつけながらとある雑貨屋に入った。おそらくこれで7店目だ。
その雑貨のお店に置いてあった青に目が行く。あの夜が明けたらきっと、空はこんな感じの青色が広がっていたのかな……と、初デートの日の夜空を彷彿させる青いペンダントがあった――
「あれ、啓太?」
亜子の声が後ろから聞こえ、一瞬固まって動けなくなってしまった。なんとか振り返ってプレゼントを探していることを悟られないように振る舞う。
「あ、昨日ぶりです」
妙に硬い口調が違和感を与えてしまっていないか不安になった。
「どうしたの、こんなところで」
「あっいや、明日のための準備を……ね? そしたらちょっと気になって入っただけだから、もう帰ろうと思ってるけど……」
詰まりつつも、必死に言葉を紡ぐ。できる限り亜子と一緒に買い物して結局買えなかったというオチを避ける形で話した。不安は増すばかりで、まず、一緒に買い物しようという提案をしないことに違和感を持たれないかと心配になった。
「あ、そうなんだ。実は私も。ちょっと服をね……。それで、今帰るところだったんだよ」
しかし、心配は杞憂であった。
「あ、そうなんだ、じゃあ明日ね」
「うん。また明日」
流れるように別れを告げて背を向ける。あの青いペンダントを買うために少し間を置いて雑貨屋に戻ろうとすると、タイミングよく亜子も振り返っていた。さすがにここでバレるわけにはいかない。
「あはは、方向間違えた」
「あはは、私も」
そうしてまた、少し間を置いて、恐る恐る振り返ってみた。またしてもタイミングよく、亜子もこちらの様子を伺っていたので手を振り合った。
***
デート当日。朝から駅で待ち合わせして、遊園地へ行った。昨日のデパートとは比べものにならないほどの人混みでめまいがした。
「あ、亜子……」
「何?」
「そのさ、手……繋がない? あ、もちろん逸れないために繋ぐわけであってそんなやましい気持ちがあるわけでもないし繋ぎたくないなら別にいいんだけど……」
ミスった……。誤解されるような言い方をしてしまったから動揺してしまい、息継ぎもなしに弁解した。こんなんで軽蔑されて嫌われてしまうなんていくらなんでも惨めすぎる。
「あ、そんな、嫌じゃないよ。もちろん。だからその……いいよ、手、繋いでも」
焦りに焦って自爆した感が否めないが、最悪の結末は回避できたと安堵した。
亜子の右手に左手を合わせ、優しく握る。もちろん、恋人繋ぎとかいう難易度の高い握り方はできなかった。一応、両想いであると分かっているとはいえ、まだ恋人ではないから挑戦する勇気も出なかった。
手袋を通して亜子の手の輪郭が鮮明に伝わってくる。やはり胸が高鳴って止まない。周囲にこんなたくさんの人がいて騒がしいというのに、鼓動はうるさいくらいに大きく鳴る。
ぎこちないエスコートで遊園地のアトラクションを乗り回した。途中でアトラクションの待ち時間にすら手を繋いでいることに気がつき内心慌てふためき、亜子に謝ったりもした。なぜか彼女も申し訳なさそうに謝っておかしなことになったりもした。
ジェットコースターもそうだが、遊園地自体久しぶりで、情けなく亜子と一緒に叫びながら楽しんだ。亜子は家族と何度かここに来たことがあるらしく、どちらがエスコートしているのかわからなくなった。
大したトラブルもなくお昼が過ぎ、夕方も過ぎ、イルミネーションが真の姿を現した。点滅を繰り返し、絵が浮き出て動いては消え、元の場所に戻る。まるで生きているかのように目まぐるしく光る。
住宅街にところどころ並ぶイルミネーションとは違った迫力があり、大切な人と一緒に見ているという特別感も相まって色彩豊かな情景となっていた。心象風景が広がり、亜子と2人ではしゃいだ。
感嘆の声を漏らす度に足を止め、場景に見入って顔見合わせて笑う。何とも単純だが、この上ない幸せを感じる。
イルミネーションを堪能して満足した後、最後の目的地へと向かった。緊張で亜子の手を握る手も地を蹴る足も震え、しまいには口すらも震えそうである。
人混みから外れ、人気のない場所に来た。街灯一つあるだけの寂しい場所だが、喧騒を気にする必要がなくなるという点では打って付けの場所だ。
もちろん、ここに来たのはプレゼントを渡すためでもある。
「あの、これ」
そう言って鞄から取り出した小さなラッピング袋を差し出した。
「クリスマスプレゼント。よかったら受け取ってほしい」
「ありがとう! 一生大切にする! えっと、実は、私もクリスマスプレゼントを用意しててね、これなんだけど」
同じく小さなラッピング袋が差し出された。
「あ、ありがとう! まさか同じことを考えていたとは。僕も、一生大切にする!」
「ほんと、私もびっくりした。ねぇ、せっかくだから一緒に開けない?」
「いいね。じゃあ、早速開けさせてもらいます」
ラッピング袋を破かないようにゆっくり紐を外し、中身を取り出す。すると、中から透明な袋に入ったものが出てきた。街灯に照らすとそれは、快晴のように青く光り、あの夜空を思い出した。
亜子も驚きを隠せないように見開いた目をこちらへ向ける。僕だって偶然も奇跡も運命も通り越して、世界へ意味を与える存在、神をも超越した何かだと思った。おそらく彼女も同じことを思っただろうと直感的に思った。
そして、改めて決心した。どこか躊躇していたあの言葉を放つと。
「――亜子のことが好きです! 僕が死ぬ、その時まで、一緒に居させてください!」
僕は濁りなき真摯な瞳を彼女へ向けて言い放った。
「……嫌です」
僕の理解が追いつく前に彼女は笑った。僕が今までに見たことないくらい最高の微笑みを浮かべたのだ。そして言う。
「例え啓太が死んでも、一緒に居ます! だから、私が死んでも一緒に居てください!」
理解が追いつき、彼女の言葉の意味をゆっくりと咀嚼する。幸せが身に染みて暖かい。両思いであるということがどれほど幸せか、どれほどの偶然か奇跡か、僕は知っている。
「……ありがとう。絶対に亜子を幸せにさせる」
「別に特別なことをしなくてもいいよ。啓太が隣にいるならそれでいいの。好きだよ、啓太……」
自分を徹底的に肯定してくれる亜子が猛烈に愛おしくなり、衝動的に抱き寄せた。彼女が驚いたのは少しの間で、すぐに抱き返し、僕たちは改めて恋人同士になった。
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