第2章〜中学校編〜

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第2章〜中学校編〜

 真新しいワイシャツに腕を通して、その白さを小さな鏡に映す。これを着ることによって、小学校の時よりもだいぶ大人になった気分になった。  中学ではどのようなことが待っているのか、という期待が僕の胸の内で暴れ、居ても立っても居られなくなる。とにかく早く学校へ行きたい。とは思っていても、起きるのはいつもと変わらない、遅刻間際であった。  折本は先に学校へ出発しているらしく、部屋にはいない。そのことが僕を余計に僕を焦らせる。教科書等の入ったリュックを担ぎ、急いで児童園から出て歩道を慌ただしく踏みつけた。  隣を電車が颯爽と駆け抜けていき、あっという間に僕を追い越して行く。僕も負けずと地を蹴る。春のほんのり暖かい風が僕の髪を揺らすと同時に、真新しい制服の匂いが辺りに舞った。  いつも通っていた小学校を通り過ぎて、いくらか進んだところにある道路を渡れば到着。目の前には中学校がそびえ立ち、僕を圧倒するが、走っている勢いでどうにか押し切った。  車がすぐそこまで来ていたが、絶対に轢かれないという自信があったので、道路を飛び出した。道路の横幅は車2台分ということもあり、安心しきっていた。  そして、勢いをそのままに、道路を渡っている途中、丁度半分くらいの場所で『あの』光景を記憶から無理矢理引きずり出された。小さな店が並ぶこの道にはいくらかの通行人がいるはずなのに、何故か正確に、彼に目が向いてしまう。彼もこちらを見ている。  自分以外の時間が遅くなったのか、自分の頭が高速回転を始めたのかわからなくなるほど、目まぐるしい情報が脳内に入ってきた。  どうしてここにいるのか? どうして僕を見ているのか? この不敵な笑みは何なのだろうか? 嫌な予感は当たっていたのだろうか? これは僕の見間違いではないのか?  津久田蒼馬は親指を下に向けたまま、残った4本の指を手のひらにしまった。そこで僕の脳も、周りの時間も戻る。だが、津久田のことで頭がいっぱいになったせいで、走る速度は確実に遅くなり、僕の計算は音を立てて崩れていった。  左から車が突っ込んでくる。それに対応することも出来ず、ただ呆然としていた。津久田の示した指の意味を理解すると、これは必然的な事故であり、僕は抗うことは出来ないのだと思い込む。あと一歩前に出れば助かっていただろうという位置にいた。  終わった……。  走馬灯が見えかけたその刹那、胸ぐらを掴まれて強く引っ張られた。走馬灯はその衝撃で消えて無くなり、代わりに金髪の美男子の顔が拳一個分空けた先にある。  引っ張られた勢いで、僕と引っ張った相手は倒れたらしく、同じ高校の校章が付いた制服を着た男子生徒の上に乗っかっていた。  我に返った僕は何を思ったのか、津久田を探さないといけないという使命感に駆られ、起き上がって津久田のいた場所に顔を向けた。しかし、津久田の姿はそこに無かった。 「大丈夫ですか?」  言葉とは裏腹に、機嫌の悪そうなイケメンボイスが問いかける。それに続いて車から降りてきた男性が訊く。 「君たち大丈夫かい?」 「僕は大丈夫です」 「俺も大丈夫です」 「そうか、何とも無くて良かった。しかし、急に飛び出してきたら危ないから、次からは気をつけるんだぞ」 「すみませんでした。次から気をつけます」  周囲の通行人がこちらをチラ見しながら通り過ぎて行くことに、無性に腹が立った。男性は車に戻り、男子はゆっくりと立ち上がる。 「その、ありがとうございます」 「別にお礼はいいんですよ。あ、同い年か」  僕の制服にある校章の色で学年を判断したような様子を見せ、話を続ける。 「おまえ、轢かれたかったのか、止まる勢いで走るスピード落として」  人が変わったように目つきが鋭くなる。 「その、よそ見してたらボーッとしちゃって」 「まぁ、今回は運が良かったと思え。次はないからな。じゃあ」  彼は手を挙げて別れを告げ、学校へ向かった。僕はそれを遮るように彼の肩を掴んだ。彼は僕を心配してくれた良い人なのだ、彼と友達になりたい。そう思った。 「僕、和田啓太。もしよければ、学校まで一緒に行かない?」 「俺は岩井 練二(いわい れんじ)。よろしくな」  やはり、友好的なことを言っているにもかかわらず、機嫌の悪そうな声である。髪も、地毛だろうが、金髪なので一昔前のヤンキーみたいだ。  時間ギリギリに学校に到着し、校門のすぐそこにある掲示板に貼られているクラス表から自分の名前を探すと、3組の欄に自分の名前があった。 「岩井は何組だった?」 「俺は2組だ。そっちは?」 「隣の3組。まぁクラスは違うけどよろしくね」 「こちらこそよろしくな」  周りでおしゃべりしている生徒たちの声の中から僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。声のした方向には亜子がいる。 「啓太、おはよう」 「おはよう。亜子は何組だった?」 「私も啓太と同じ3組だよ」 「同じクラスか、よかった。周りが知らない人だらけだったらどうしようって思ってたから」 「亜子さんですか。俺は岩井練二といいます」  隣で会話を聞いていた岩井が急に積極的になり、自己紹介を始める。その後も趣味やら特技やら紹介した。しかし、さっき僕を事故から救ったことを自慢しなかったので、やはり彼は良い人なんだなと思った。 「あ、そろそろ教室行かなきゃ」  亜子は呟き、校舎へ歩き始めたので、僕と岩井もそれについて行った。早速、友達もできて中学校生活が楽しみで仕方がない。それなのに、どこか不安もある。勉強とか、友達関係とは全く違う、もっと重要で危険なことに対しての不安であった。  さっきまで晴れていた空の奥に怪しげな雲が浮かび、ゆっくりと近づいてくる。  入学式から1週間が過ぎて、少しは新しい生活に慣れてきたころだ。昼休みになり、それぞれ弁当を広げる。僕は同じクラスの友達と固まって昼食を摂るのだが、そこに亜子の姿はない。  喧嘩しただとか、仲が悪くなったわけではなく、単純に亜子が女子の友達といることが多くなったから。もう一つ、どうしてか、僕は彼女を意識するようになっていて、話しかけるのに勇気が必要になってしまったからだ。 「そういや、明日は新入生歓迎球技大会か」  僕と陽路と大夢の3人で弁当を食べている最中に、ふと思い出したので言ってみる。同じクラスにいる男子の友達はこの2人と関崎。女子は亜子と智子だけで、それ以外は別のクラスであった。 「だよな、初めての行事だから楽しみで仕方ない」  陽路がタコさんウインナーを箸でつまんで言う。 「俺は嫌な噂を聞いたことがある」  大夢が真剣な顔で場の空気を統制する。 「なんでも、2、3年生が本気で俺たちを潰しにかかるつもりだとか」 「まさか。そんなことあったら、みんな試合中にコートから出るぜ。そうしたら試合になんねーじゃねーか。そんなことしないと思うけどな」 「どちらにせよ、僕は試合に出るつもりないから」  僕が笑うと、彼らも笑ってそうだなと頷く。正直のところ、僕は試合がどうのこうのは一切気にしておらず、この試合中、暇ではないのかという心配があったのだ。  今回の球技はバレーになったのだが、そもそも、運動に興味がないのだ。別に運動ができないからではない。ただただ、興味がないのだ。無駄に動いて疲れないのかという考えだからだろう。  中学校からは生徒一人一人にポイントが与えられる。それは、成績や授業態度、学校への貢献度などによって加算されていく。いわゆる内申点のようなものである。  しかし、内申点と明らかに違う部分があり、それは学校への貢献度だ。この貢献度というものは、ボランティアや行事等に参加すると増えるし、消極的になれば減点といったものだ。  このポイントは就職時に、必要不可欠なものであり、給料にも影響するらしい。なので、行事を盛り上げようとしなければ、点数は下がる。そのくせ、生徒間の争い等は完全に無視するという政府の作った悪質な制度である。これにも理由があるのだろうけど。 「試合出ないとはいっても、応援して減点を防がないと。そのために、無理矢理テンション上げないとなー」 「まぁ、俺が楽しい話して、テンションが上がるように頑張るからさ」  ニヤついた顔で宗田が言う。何か良い策でもあるのだろうか。  翌日、新入生歓迎球技大会の開幕の合図と共に、2,3年生の気合のこもった雄叫びは、体育館を揺らすほど大きく、力強い。1年生はそれに圧倒され、コートにいる選手全員が固まってしまった。応援も、尋常ではないほど本気である。  まるで、僕たちを殺しにかかるような、勢いと気迫。餌を前にした空腹の虎のように鋭く光る目が、無知である僕たちを恐怖の海へ突き落とそうとする。 「2年2組対1年6組の試合は、15対0で2年2組が勝利しました!」  開始から5分足らずで決着がついた放送が響く。それに連なるように決着の放送が流れる。4箇所のコートのうち、1年のいたコートで行われていた試合は瞬く間に終わった。  迫力のあるプレーという以前に、選手の体格は見るからに強靭で、繊細に鍛えられているのがわかる。それに対して何の対策もしていない、貧相な体格の1年生に容赦なくボールを叩きつける。ボールに当たり、倒れ込んだ生徒もいた。  1年生は兎のように、ただ飛び回って逃げるのがやっと。弄ばれることもなく、漸次消えていく同学年の人々が哀れに感じる暇なんてない。僕たちのクラスもこのように、餌として喰われるのだ。 「大丈夫! みんな頑張って! 私たちも応援しよう!」  亜子が一所懸命にクラスを励ますが、あまり意味を成さなかった。僕も亜子につられて、呆然としているクラスメイトを説得しようとするが、恐怖の海に溺れたクラスメイトたちを助けることは出来ず、焼け石に水であった。 「あれ、本気で殺しにきてるじゃん」  試合に出る予定の1人が苦笑いしながら呟く。彼なりに、場を和ませようと冗談を言ったつもりなのだろうが、ここでは冗談に聞こえなかった。  僕たちの試合が訪れ、生徒たちは絶望した顔を変えることなくコートに入る。案の定、飛んでくるボールはどれも弾丸のような速度で、選手たちは怯えてしまい、レシーブすることすらまともに出来ない。  一点、また一点と相手クラスの得点が増えていく。なすすべのない選手たちは、虎の前に屈服した。  精神的に追い込まれたこの局面を覆すことは誰も出来ず、クラス全員が俯いて嘆く。これが上下関係というのかと。中学とは、こんなにも厳しいものなのかと。中学への期待や希望といった感情は色あせていき、絶望という色に変わり果ててしまったのだ。  変わり果てた色が何を招くのか、誰も知る由はなかった。僕たちは、染まってしまったのだ。  熱気から解放され、日も置いたというのにもかかわらず、絶望に満ちた顔は治らなかった。僕も、こんな状態のクラスメイトを見ているのは辛かった。  多分、みんな、これからの行事全てにおいて、先輩に捻り潰される未来しか見えないのだろう。それにしても、みんな落ち込み方が異常ではないかと思う。 「そうか、おまえは知らないよな」 「あ、関崎。何の話だ?」 「この異常な落ち込み具合だよ」  休み時間、仲の良い陽路と大夢も暗い表情を浮かべているものだから、話かけづらかったのだ。なので、自分の席で本を読もうと準備したが、異常に落ち込んでいる様子が気になって仕方なかった。そこに、思考を読まれたように関崎が話かける。  1年以上の付き合いであるはずなのに、今だに何を考えているのかもわからないし、行動パターンもわからない。それに、最近では僕の考えを前提に話かけてくる。たしかに、彼の成績は学年1位だが、勉強ができるからといって、心が読めるはずがない。  超能力的な何かを習得しているのかとも考え、調べてみたのだが、めぼしいことは何も分からなかった。超能力なんて神話や伝説の中での話だ。では、どうして彼は僕の考えが読めるのか。  行動や仕草、僕の置かれている環境などの事柄を全て把握し、総合的に考え、あらゆる可能性を削っては生み出し、という工程を通していくつかの仮定を立てる。その仮定を使い、可能性の低いものを削り取れば、人の心を読めるらしい。ただ、この動作を一瞬のうちにできるはずがない。  もしかしたら、彼はその類の天才なのかもしれない。彼からすれば、『表情と声のトーンから何か悩んでいることがあるのだろうと推測する』のとさほど変わらないことをしているのかも。 「行事における試合の勝ち負けもポイントが関わってくるってことだ。勝てば増えるし、負ければ減る」  関崎はいつもの明るい調子で話す。 「そういうことか。この先の行事でも負け続ければ、ポイントがなくなっていくからか」 「それから、ポイントがなくなって親に怒られるよな。そんな未来想像するだけで吐き気がするわけだ」  なるほどなと思った。しかし、このままでは悪循環が続き、ポイントは下がる一方だろう。みんなには、少しでも楽しい学校生活を送ってほしい思っているから、僕がなんとかしなければ。  気づけば、関崎は居なくなっていた。自分の考え読まれないようにするため? それは深読みか。  次の行事は校内陸上である。先輩に勝とうだなんて、安易に言っていいことではない。具体的な勝ち筋を照らし出さなければ、誰も僕についてこないだろう。  この国は勉強だけでなく、運動の面でも個人を評価するのだ。中学からはクラス変えがないらしいのだが、多分、結束力を試すために敢えてクラス変えをしないのだろう。個人では限界があるから、団体の質を上げるということか。 「亜子、少し話したいことがあるんだけど、いいかな?」 「うん、いいよ」  どうにかしたいという気持ちだけではダメだ。行動に移すべきである。しかし、何の考えも無しに突っ込むのはあまり良くない。  とりあえず、亜子に相談してみようと、彼女の席を訪ねた。そして、彼女に僕の考えを洗いざらい話した。彼女は待ってましたと言わんばかりの笑みを浮かべる。 「さすが啓太! みんなを助けたいってことでしょ? なら、私も手伝うよ!」 「ありがとう。でも、助けると言っても、どうすればいいかわからないんだよ」 「うーん、たしかに。陸上かぁ……」 「うーん……」  この後、悩みに悩んで、これはどうかだとか、あれはどうだろうかと議論した。そして、最終的にたどり着いたのは、『クラスを勝利へ導く』であった。それ以上の最善策が見つからなかったので、単純ではあるが、この作戦でいくことにした。  具体的に決まったわけではないが、陸上の時に他のクラス、主に2、3年の妨害をするのだ。例えば、レーザーポインターを目に当てるだとか、靴の中に砂を入れるだとか。地味ではあるが、ある程度の効果は得られると思う。これが2人の結論であった。 ***  小学校とは違った重い雰囲気の生活は、想像以上に早く過ぎて行ったように感じた。部活動には所属していないが、何かと忙しい日々が続いた。授業の提出物はもちろんのことだが、バイトをしていたため、忙しいのだ。  高校になっても児童園の先生方のお世話になりたくない。だから、今のうちで一人暮らし出来るくらいのお金を稼ぐ必要がある。今の総理になってから、中学でのアルバイトが認められた。きっと、社会勉強になるからだろう。 「みんな、明日のことで話がある」  校内陸上前日の放課後、僕は教壇に立ち、みんなに呼びかける。全員、憂鬱なそうな眼差しをこちらに向けた。 「明日の校内陸上、絶対に勝ちたいと思っている。だから、みなさんに協力してほしいんです」 「体格で負けてるのに、どうやって勝てと?」 「先輩たちは本気だぞ? 選手の俺らに死ねって言ってるのか!」 「勝ち目ないのに、なんでそんなことを言うんだよ」  みんな、明日に絶望し、すでに負けを認めたような表情と口調で嘆く。せっかく同じクラスになれたのだから、もっと楽しい雰囲気の中にいたい。 「僕が先輩の妨害をする。卑怯ではあると思うし、多分、バレたらただじゃ済まない。けど、僕はみんなにやる気を出してほしいから、インチキする。なので、全力で戦ってください、お願いします!」  それぞれが顔を見合わせてどうしようか悩んでいる様子が伺えた。 「それだけクラスのことを思ってるってことですよ。だから、みんなで全力出して、勝ちを取りに行きましょうよ」  大夢が言った。それに続いて陽路と亜子もクラスメイトを説得するような言葉を述べる。すると、迷っていた人たち全員が、頑張ろうという姿勢になった。やる気はどんどん伝染していき、僕のお願いを断固拒否していた人の顔まで明るくさせる。 「じゃあ、明日は全力で試合に臨んでくれるんですね?」 「あぁ、やってやんよ」 「新歓のお返し、たっぷりとしなきゃな」 「1年生だって、強いんだってところ見せつけなくちゃ」  教室は瞬く間に活気で満ち溢れた。  晴天の下、全校生徒が陸上競技場の真ん中で並んでいる。生徒会長の合図で、列は崩れていった。  種目のたびに持参してきたレーザーポインターで、他クラスの妨害をした。2、3年の出番の時には、間違ったふりをして防犯ブザーを鳴らしたりもした。しかし、彼らはこれらの妨害をわかってたかのように対処するのだ。  そのせいで、選手のメンバーは不安になり、それぞれがベストを尽くせなかったという最悪な前半戦であった。 「他の1年にも負けるなんて……」  自身の得意な競技で最下位を取り、落ち込む人が続出した。弁当を食べる前に、クラスで集まって反省会をしていた。 「まだ、午後の部もあるから大丈夫だよ! 多分、僕たちは、妨害に重点を置きすぎたかもしれない。だから、午後は不正なしで、正々堂々と戦おう」  僕がどんなに励ましても、クラスの雰囲気は変わらず、自分の非力さを改めて痛感した。他に方法も思いつかないし、途方にくれていた。 「啓太」 「ん? どうした?」  後ろから亜子の声が聞こえ、振り向いた。 「別に、勝ちにこだわらなくてもいいんじゃない?」 「え?」  勝たなくてもいい。なら、この行事は何のためにあるのか。  ポイントが足りなければ就きたい仕事も選べないし、ポイントが少なければ給料も減る。それなのに、得られるポイントを無視して、奪われるポイントを差し出すってことなのか? 「もともとは、こういう行事は生徒が楽しむために作られたもので、こんな醜い争いするのは違うんじゃないかなぁ、って思たから。でも、やっぱり、みんなポイントのために頑張ってるからね。ごめんね、みんなの気持ちを踏みにじるようなこと言って……」  亜子の言う通りだ。もともとこういう行事というものは、みんなと交流を深め、楽しむためのものなのに、どうしてこんな争いをしなければならないのか。もっと純粋に楽しんでもいいじゃないか。どうせ負けるなら後悔せずに、楽しかったなと言えるような過去にしたい。それならば、気も楽になるだろう。 「亜子、ありがとう。亜子の言う通りだ。僕たちは勝ちにこだわってたけど、別に、楽しめばいいじゃないかな。むしろ、楽しめば勝ちだと思う!」  クラスのみんなは唖然として、顔を見合わせる。そして、1人が賛成を掲げると、1人、また1人と楽しむことに賛成する人が増えた。最終的に、全員が亜子の意見に賛成した。  弁当を食べ終え、午後の部が始まる。  午後は選手ではない生徒で力一杯応援したり、選手のサポートに回ったりして、行事そのものを楽しんだ。午前よりも良い成績でプログラムが進み、最後の種目になった。  最後はクラス対抗リレー。これは、学年別でやるので、クラス全員が一丸となって、勝利を目指した。 「位置について。よーい」  パンッ  スターターピストルが鳴り、第一走者が走り出す。コーナーを回り、第二走者へバトンを運ぶ。 「頑張れー!」 「いいぞー、その調子だ!」  応援する声が四方八方から聞こえる。  第十四走者である僕のところにバトンが来る時、6クラス中1位であった。どのクラスとも差はあまりなかったので、焦りと緊張が芽生える。クラスのためにも、負けられないのだ。  僕に渡されたバトンは、前に走った13人の思いが詰まっている。この状態で最後の1人まで繋ぐためには、僕が一所懸命走ればいい。  あと10メートルくらいというところで、体に違和感を感じた。貧血に近い症状で、めまいと脱力感に襲われたのだ。  それでも、自分の背後から迫ってくる他クラスに越されないように全力で走った。手を伸ばし、バトンを渡そうとする。なのに、次の人は受け取ってくれない。  よく見ると、僕が渡そうとしていた人は全く知らない顔であった。次の走者が僕の勘違いに気づき、バトンを取りに来て、急いで走っていく。  このおよそ3秒のロスタイムが後々響いて、順位は惜しくも3位。僕は大きな責任を感じてしまい、クラスに何と言えばいいか悩んでいた。 「3位は3組!」  わかりきったことを公にする放送は、失敗したという重大な罪の重さに拍車をかける。 「よっしゃ! 3位だぜ!」 「まぁ、俺らだったらこんくらい楽勝だぜ!」  クラス全員が歓喜の言葉を口々に言う。 「啓太、心配しなくても大丈夫だよ。俺も含め、みんな楽しんだからさ」  大夢が後ろから肩を叩いて励ましてくれた。振り向くと、どこか女の子っぽくてかわいい笑った顔がある。 「そうだよ。自分で『亜子の言う通りだ』なんて言っておいて、負けたら悔しがるって、失礼じゃない?」  隣にいる亜子が笑いながら言った。 「そうだよね。ありがとう」 「3組の3の数字を取るために時間調節したんだろ?」  今度は前方から陽路の声がする。やはり、彼も笑顔であった。 「何でそれを⁉︎ 誰にも気づかれないように、演技したのに、バレてしまっては仕方ない」  僕は冗談に隠れて笑った。仲間のおかげで笑えたなんて、恥ずかしいからだ。仲間という言葉の意味を、また1つ分かった気がした。  やる気を奪う暑さがやってきたと思えば、夏休みが始まった。夏休みは約1ヶ月あるが、その分宿題も多い。先に終わらせるつもりだったはずなのに、やる気がどこかへ消えてしまった。バイトのせいで、休みという感覚もなかったから余計にしんどい。 「クーラーの温度もっと下げてくれよぉ〜」  ルームメイトの孝が服を前後に揺らしながら叫ぶ。ここ最近資源の枯渇が深刻化してきており、僕たちの住む児童園では節電を心がけているのだ。僕は言葉を発するのが面倒くさいと思うほど、怠かったので、その言葉を無視した。机の上に置いた本を汗がつかないように気をつけて読むのも疲れてきた。 「け〜た〜海行こうぜー」 「海って……電車乗らないと行けないじゃん。電車の中はさらに暑いと思うけど」 「んじゃ、市民プール。こっから近いだろ?」 「勝手に行ってきたらいいじゃん」  僕はあくまでも外に出たくないのだ。もちろん、怠いからという理由だけで。 「1人じゃ寂しいからさ、他のメンバーも誘ってみんなで遊ぼうぜ! 熊雄とか陽路とか真希とか呼んでさ。亜子とかも誘ったら来てくれると思うけどな」  僕は何を想像してしまったのか、急に市民プールへ行きたくなった。遊びたいではなく、見たいという気持ちが抑え切れないほど増幅した。 「まぁ、そこまで言うなら行くか」 「よっしゃ! 早速準備すっか!」  いきなり腹を返したのに、孝は気に留めていない様子だったのでホッとした。 「よーし、行くか――って、今⁉︎」 「当たり前だろ? 思い立ったが吉日って言うじゃねーか」  まだ心の準備(鼻血が出ないように構える)が出来てないのにと思いつつも、準備を始める。  そして、友達の家を回って遊べる人を集めたところ、陽路、大夢、真希、智子、亜子の5人が集まり、合計7人という多人数で市民プールに押しかけることになった。その他のメンバーはタイミングが悪かったらしく、家にいなかった。 「うわぁー、人いっぱいしてるな」 「そりゃあ、夏休みですし」  孝の独り言に智子が反応する。いつものようにメガネを持ち上げ、知的ぶる仕草は誰も見ようとしない。 「着替え終わったらここに集合な」  そう言い残して、孝はさっさと更衣室へ行った。それに続いて陽路も早歩きで向かう。僕と大夢も彼らを追うように更衣室へ入って着替えた。  先に着替えた孝たちは、先に水浴びしてくるから待ち合わせ場所で待っててと言って更衣室から出て行く。 「あいつら、こんな暑さでよくもまぁ、あんなに元気出るよな」 「そういうものだと思うけど。逆に啓太はテンション低すぎると思うけど」 「そ、そうか?」  表面上は平然としているが、内面では、ドキドキワクワクが止まらない。小学校6年の冬ごろまで他人に興味がなかった上に、中学の体育の授業は男女別れて行うので、女子の水着姿を見たことがないのだ。見て何かあるわけではない。ただの自己満足であるが、とにかく見たい。そんな気分なのだ。  目や口が緩んでないかしっかりと確認した上で待ち合わせ場所で女子のメンバーを待っていた。 「あれ、他のメンバーは?」  真希が問いかける。彼女は細くて美しい体を惜しむことなく見せつけて、堂々とした姿勢で立っている。胸はそこまでないが、周囲の男性は必ずと言っていいほど彼女のところで目が止まった。きっと彼女のアイドル的美貌に吸い寄せられたのだろう。 「他は先に行ったよ」  僕は呆気にとられて何も答えられなかった。大夢、ナイスカバーと、心の中で呟く。 「まぁ、男子はそういう生き物ですし」  いつもはメガネをかけている智子がメガネを外すと、とても新鮮に感じられた。メガネの代わりに空気を持ち上げる動作に、思わず吹き出しそうになる。  それにしても、智子の発育状況に対して、鼻血がこんにちはするところであった。まさか、智子がこんな……。うん。想像出来なかった。  体がそろそろ限界であることを訴えるので、これ以上変なことを考えるのはやめようと思った。 「じゃあ、私たちも行こうよ」  真希の後ろに隠れていた少女が呟く。彼女は自分に自信が持てないのか、肩をすくめ、こちらに姿を見せようとしない。 「もう、どうせ遊んでたら見られるんだよ?」 「だ、だってぇ……」 「じゃあわかった」  真希は何か思いついたように少女の方を向いて肩を掴んだ。 「えい!」  真希は少女を軸にして、少女の背後を取った。そして、やっと少女の姿が現れる。 「あっ、ちょっと!」  亜子は恥ずかしげに顔伏せる。僕は彼女のその仕草に魂を持っていかれた。  可愛いな。 「そんなにじっと見ないで……」 「あ、ご、ごめん!」  僕は慌てて目線を外すが、さっきまでの映像が脳にしっかりと焼き付けられており、思い出してしまう。そして、顔が熱くなっていき、太陽よりも熱くなった。どこか遠くへ向かっていく感情が抑えきれなかったのだ。  なんとか、気を取り直し、孝と陽路のいる場所へ行く。泳ぐ速さを競ったり、プールの中で鬼ごっこしたりして遊びまくり、意識がなくなりそうなほど疲れたので、帰ることになった。  帰り道、夕暮れの空を見上げて一つ思うことがあった。しかし、その考えが正しかった場合、僕は、最低な男になるか、苦しみに溺れるか。どちらかになるだろう。だから、その考えは無かったことにして、亜子の横顔を見つめる。  彼女は僕の視線に気づき、どうした? と一言。僕は何でもないと首を横に振った。彼女の、首を傾げる仕草すらも愛おしい。 「楽しかったな、って思っただけ」 「本当に楽しかったね。また来よう!」  心地よい風が街を駆ける。僕はどうしようもないこの感情を、この風に運んでもらえたらなと思った。それと同時に自分が怠惰で、強欲な生物なのだと感じる。  夏休みが終わったと思えばすぐに体育祭の練習が始まった。体育祭は全て学年対抗なので、先輩たちに怯える心配はなかった。 「今年は体育祭だ! 勝つための作戦をみんなで考えるんだ!」  僕たちが参加する種目は障害物競争、棒倒し、騎馬戦の3つ。棒倒しは男子、騎馬戦は女子の競技になっている。棒倒しと騎馬戦は、偶数クラスと奇数クラスに分かれて試合を行うため、他のクラスとの連携も必要になってくる。 「まずは障害物競争からだ! 『それぞれがベストを尽くして次の人へバトンを繋ぐ!』これはどうだ?」  スポーツ万能で、クラスの中心人物である平井が提案する。それってスローガンじゃない? と言える雰囲気ではなかったので、口を噤んだ。 「おお! それいいかも!」 「これなら勝てる!」 「じゃあ、次の作戦決めるか!」  教室は賛成の声で騒がしくなった。クラス全員のテンションが怖いほど高い。この国の中学生に与えられる『ポイント』のせいだろうか。  実は、夏休みが始まると同時に先生がポイントについて軽い説明をしたのだ。 「ポイントは、将来、君たちが仕事をする上で必要な物事……例えば教師ならば勉強の能力だったり、周囲をよく観察して状況に応じてより正確な判断を下せるか、という能力を持っている必要があるのだが、この能力が一つ一つポイント化されていて、基準を満たしていないと教師になることは出来ない。日頃の生活で稼いだポイントを基に、就ける仕事がだいたい決まってくる」  その後、すぐに体育祭の話に切り替わった。これは、体育祭が大量のポイントを獲得できるチャンスであることを遠回しに伝えたのだろう。それに気がついた平井は、今こうして教壇に立ち、クラスをまとめようと必死になっている。  他の人も、平井を見て気づいたようで、やる気を示して、全力で取り組んで楽しもうとし始めた。 「次は棒倒しと騎馬戦だが、あれは他の奇数クラスとも相談したいところだな。和田、他のクラスとの連携をお願いしたい。頼めるかな?」 「え、僕ですか? 構いませんけど」 「それと、もう一つ和田に頼みたいことがある。敵チームの偵察だ! 敵を知ることで自分たちは対策出来る! どうだ、お願いしてもいいか?」 「あ、はい、わかりました。その2つ、引き受けます。それはそうと、敵も偵察しに来る可能性もあるので、それを阻止するメンバーが欲しいです」  こちらも偵察されることには十分気をつけなければならない。こんな感じで大声で叫んでいれば作戦が筒抜けになるのは当然だとしても、隠れて作戦を練っているのを聞かれるのはまずい。せめて、偵察隊を阻止する人が必要だ。 「そうだな。じゃあ仲の良い宗田と川内が阻止に回ってくれないか?」 「俺はいいですよ」 「啓太と一緒ならどこでもいいですよ」  こんな公の場で好意をあからさまにするなんて、僕は到底出来ないだろう。みんな大夢が僕に好意を抱いているこを知らないからいいのだが、僕は恥ずかしくてたまらない。 「まぁ、ある程度決まったから、今日のところは解散で!」  バイトの時間も迫ってきているので、すぐに帰ることにした。 「亜子、途中までだけど一緒に帰る?」  夏休み入る前は、小学校の時みたいに一緒に帰宅していたが、夏休み終わってから一緒に帰っていなかった。亜子に友達ができて、話す機会が減ったことも理由の一つだろう。  今日はバイトを控えていて忙しい。だからこそ彼女と帰りたかった。 「うん! 最近一緒帰ってなかったから、ちょっとだけ。ちょっとだけ寂しかったかも」 「そうなの? じゃあ、これからは毎日一緒に帰れるようにするよ」 「そうしてくれると嬉しいな。帰り道1人じゃつまんないから」 「まぁね。1人じゃ寂しいよね」  教室を出て階段を降り、靴を履き替えて校舎から出ると、肩を叩かれた。反射的に後ろを振り向くと、頬に指の先が当たる。 「引っかかった」  そこには、僕の頬に人差し指を当ててニヤニヤしている金髪の男子生徒がいた。 「あ、久しぶり」 「岩井さんだ。久しぶり」 「久しぶり――って、おーおーおー、2人とも仲良すぎだよね。もしかして、付き合ってたりする? あ、それなら俺、邪魔者じゃん! ってことで」  隣にいる亜子を見つけると、すぐに僕たちを置いてどこかへ行こうとした。このまま勘違いされたままだと亜子に悪いと思い、引き止める。 「ちょ、ちょっと待って、僕たち付き合ってないよ」 「そ、そうだよ!」  僕と亜子が慌てて首を横に振ると、岩井は「ふーん」と言いながら僕たちの顔を交互に見た。疑っている様子をここまで見せつけられたらどうしても目をそらしてしまう。 「あ、そ、そういえば、体育祭僕たち敵同士だよね! お互い悔いのない戦いをしよう」  僕は恥ずかしさに耐えきれなくなって、話題を変えようと試みた。岩井はまぁ、今回のところは許してやろうと言いたげな目で僕を睨んだ。 「正直、おまえらに負ける気はねーぞ」 「僕たちも、負ける気はないよ。まぁ、本番になればすぐにわかる話だね」 「そうだな。どれくらい強いか、俺に見せつけてくれよ! お2人の邪魔するのもあれなんで、じゃあね」  そう言い残してどこかへ去って行った。こうやって2人で並んでいたら、恋人同士に見えるのだろうか。それなら、彼女に不快な思いをさせてるのではないかと思ってきた。  僕はただ恥ずかしいだけで、嬉しくもあるのだ。だって、本当に彼女と恋人同士であれば、それは本望だからいいのだ。しかし、彼女はどう思っているのだろうか……。  清々しい空に尋ねてみても、明確な回答は返ってこなかった。  今日も、日が暮れ始めた頃に客が一気に増えた。それと同時に注文の数も増え、厨房は慌ただしい空気になる。僕たち接客係は、お客様に向かって笑顔をばら撒き、お客様の注文を忠実に運んだ。  たまに来る面倒な客が疲れる一番の要因で、そういう人が店に来ない日はあまり疲れない。厨房の前と席を行ったり来たりして、ずっと歩きっぱなし。辺りがすっかり暗くなった8時ごろに、客の数は激減して、ゆっくりと休む時間ができる。  カウンター席に座り、全員が羽を休めていると、店内にあるテレビが最近相次いでいる不可解な謎の死について映し出した。 「この不可解な死に共通して見られるのは、全員が中学生ということです。依然として、他の共通点や原因はわかっておらず、原因解明に向けて――」  この不可解な死を遂げるのはこの国だけのようで、他国にこのような死に方をする人はいない。 「この国って、何でこうも怖いんすかねぇ。最近では成績優秀な学生が行方不明になる事件もあって、実際に俺の友達が行方不明になってるんすよ」  バイトの先輩が不意に喋り出した。僕の産まれる少し前までは他国との関係が悪く、観光客の一人一人に怯えていた時期もあるそうだ。多分、先輩はこのことも踏まえて言ったのだろう。 「ですよね。子供がこんな理不尽な死に方するのはおかしいと思うの。行方不明ってのもおかしいと思う。少子化ってことも考えると尚更。もしこれが一種のテロとかなら、国が動くと思うんだけどなぁ」  それに続いて、女の先輩も不満を言う。僕は黙ったままニュースを眺めていた。 「どちらも一種の病気。とも私には思えるが。とりあえず、今日のところはみんな帰っていいですよ。もう、時間も時間ですので」  カウンターの奥から出てきた店長が優しい口調でバイトの終了を告げる。制服を着替え、それぞれの家に向かった。  僕と歳の近い人たちが理不尽な死を遂げていることに対して、やはり恐怖を感じている。  もしかしたら、僕のいる中学校の誰かが急に死んでしまうかもしれない。それが、僕の友達かもしれない。自分の可能性だってある。そんな恐怖に怯えながら生きるのは息苦しいだろう。  園に到着すると、夕食を食べてから風呂に入って、自室へ戻った。部屋では孝がパソコンを広げ、何かについて調べているようであった。彼のイメージを崩壊させるメガネがこちらに向く。 「お、啓太か、お帰り」 「ただいま。孝がパソコンで調べものなんて珍しいね」 「まぁな。俺さ、最近起こっている謎の死について調べてるんだ。もしも、これが病気だとすれば対策できると思うんだよ! その病気を未然に防ぐ薬を開発しようと思ってな」  孝がここまで本気な目をしたのは初めて見た。彼の素晴らしい目標と熱意に感銘を受けて僕も応援したくなったが、この病気について僕は何も知らない。否、僕以外も知らないはずだ。  もしかしたら、国がこの病気に関する情報を、何らかの理由で制御しているのかもしれない。そうなれば、余計に情報を得ることが難しくなる。どちらにせよ、僕が彼を直接的に応援することは無理だと思う。 「じゃあさ、実際に医者と会ってみて、話を聞くとかしてみたらどう?」  いろいろなことを提案したり意見を述べたりして、彼にたくさんのことを考えさせれば、成長に繋がると思い、この提案をした。 「いいかもしれないな。早速、今週末にお邪魔していいか聞いてみよっと」 「ちょっと待って、今日はもう遅いから、明日聞けば?」 「それもそうだな」  電話を取り出そうとする孝は手を引っ込めた。 「それと、もう今日は寝た方がいいよ。明日に備えて休むべきだよ」 「たしかに。んじゃあ、おやすみ」  孝はパソコンを閉じて、ベッドの上に横たわる。僕も電気を消した後、彼に続いてベッドに倒れこんだ。 「おやすみ」  寝る前に、自分のことについて考えたくなった。僕は将来なりたい職業なんてないし、夢や理想も無い。正直を言うと、今の生活が心地よく、ずっとこのままでいたいと思っているからかもしれない。  時間が止まってくれるのであれば、別れという言葉が架空のものとなって一生無縁のものとなるだろう。しかし、現実で時間は止まることなく、出会いと別れを繰り返しである。出会いは偶然にして必然で、別れは理不尽にして残酷だ。  生と死に関しても、産まれては死ぬ。産まれては死ぬ。というサイクルに人は流されているのだと思う。それならば、生きるとは偶然であり必然的な存在。死ぬとは理不尽極まりない、残酷な物語の結末にしか過ぎないのではないのか?  今、問題になっている謎の死に関しては理不尽ではあるが、もしかしたら、何らかのサイクルに流されて死んでいるのではないかと思った。しかし、それならば、他の国でも同じような謎の死が訪れる人がいてもおかしくないのでは? と思った。  そんなこんなで、僕の考えが迷宮入りした時点で眠気は最高点に到達する。脳は一切の情報を遮断し、僕を夢の世界へと誘うのだった。 「敵チームは守りを固めるらしい。攻めの人数を少なくして、連携を取りやすくするつもりなんじゃないかな」  僕は偶数クラスの作戦を盗み聞きして、その内容に僕の考えを付け足して発表した。その場にいた各クラス代表の2名は口々に質問をぶつけてくる。  各階にあるスタディルームというオープンスペースがある。そこの一角には机と椅子が固定された場所があり、休み時間に他クラスの友達との憩いの場になっていた。僕も休み時間に熊雄や渉なんかとここで集まって雑談したり、勉強したりする。 「守りが固くなるのなら、攻められないんじゃない?」 「それを知っても対策できなくね?」 「もっとちゃんと聞いてきた方がいいんじゃない?」  自分の言い方が悪かったことを少し後悔し、代表を落ちつけるように手のひらを見せた。そして、静かな声で言う。 「守りを固めるってことは、棒の近くに協力な壁を作るから、外側の壁は比較的簡単に攻略出来るってこと」  僕はペンでノートに図を描いてみせた。 「だから、僕たちは壁を剥がすように棒へ近づけばいいんだよ。攻撃チームを2グループに分けて、一方は外側から、一方は内側に潜り込んで、そこから防御を崩していく」  僕はドヤ顔で図にある敵チームの壁に線を入れる。他に意見がありそうな人がいないか代表それぞれの顔を覗いた。どの顔にも、疑念を抱いているような表情は浮かんでいない。 「よし、とりあえず棒倒しはこれでいいかな?」  全員が異論無しということを確認すると、次の話に進んだ。想像以上に手応えがあって安心した。 「よし、じゃあ次は騎馬戦。これは囮作戦がいいと思う」  今度は騎馬戦の図を描いた。 「敵の陣営へ無謀に突っ込み、敵陣の真ん中で敵の気を引きつける。その間に、他のメンバーで鉢巻を奪うって作戦でいいと思う」  言葉に合わせて線を引き、敵の騎馬隊にバツをつけていった。 「どう?」 「なるほど。いいと思う」 「なんか、これなら余裕で勝てそうだな」 「よし、じゃあこれで」  一方的な作戦会議になってることに気がついたが、もう遅かった。その後解散して、僕は教室に戻った。放課後ということもあり、教室に残っているのは1人しかいない。  教室に夕日が差し込み、その光を机が乱反射する。窓は全開にされており、風が吹くたびに心地よい涼しさを味わえる。 「あ、啓太! 早かったね」  自分の席で教科書とノートを広げて勉強していた亜子が僕に気づいた。 「まぁね。意見がすんなり通ったから早く終わった」 「ねぇ、この後時間予定空いてる?」 「うん。今日はアルバイト休みだから、空いてるよ」  亜子は空いてるという言葉を聞くと嬉しそうな表情をした。そして、上目遣いで僕の目を見つめる。 「その……ここ教えてくれない?」  そう言って練習問題を指した。僕は全ての全てを押さえつけてやっとの思いで自分という人間の人格を保つことができた。何という破壊力だろうか。この地球はおそらく、既に壊れてしまった後の姿なのだろう。 「もちろんいいよ」  そう言いながら、亜子の前の席から椅子を借りた。そして、日が暮れるまで2人で勉強した。この上ない幸せを感じながら。 ***  体育祭の前日。  残暑がグランドを覆い尽くし、太陽は堂々と僕たちを眺める。風は砂を宙に浮かせて遊ぶ。  練習に練習を重ね、ついにリハーサルの日がやってきた。クラスのやる気は暑さを忘れさせるほどで、爽快にも感じられる。整列から入場まで滞りなく進み、準備運動が終わると、僕たちは出番が来るのを待った。  2、3年生の試合はえげつないもので、観客視点では、何が起こっているのかわからないし、何より迫力があって、見ている人たちを釘付けにする。運動場に熱気が溢れかえったように闘志が揺さぶられる。たった1年間で、僕たちもあんな風になるのかな。そう考えると恐怖すら感じた。  そんな演技を披露された後に、僕たちの出番が控えている。順番が逆のような気がするが、先生方の意向なので仕方がないことだ。まず最初の出番は、女子の騎馬戦。次に男子の棒倒しで、最後に障害物競争である。 「よーし! みんな、張り切っていくぞ!」 「おう!」  平井が士気を高めようと拳を空へ向かって伸ばした。すると、クラス全員が後に続いて拳を掲げた。 「よーい、スタート!」  合図に合わせて4人1組の騎馬隊が縦横無尽に駆け回る。女子たちは作戦通り、囮チームが敵陣へ向かって無鉄砲に突っ込む。敵はその出来事に驚いたが、冷静対処する。作戦通り、囮チームは四方八方から敵の視線を集めるような形になった。その隙に敵の背後から鉢巻を次々とかっさらっていく。偶数クラスは不意打ちを塞ぐ手段はなく、僕たち奇数クラスは圧勝した。 「やった! これは啓太が提案した作戦のおかげだな」  平井が僕の肩に腕を乗せる。僕は照れながら「そんなことないよ。女子の動きが良かったからだよ」と言った。現に、女子の動きがここまで機敏でなければ、反撃されて負けていただろう。 「次は俺たちの番だ! 精一杯頑張ろうな!」  僕は彼のテンションについていけず、あまり元気な返事はできなかった。  棒の周りに壁を作り、そこに上のりが立って、準備完了の合図を出す。そして、よーい、スタートの声と共に特攻隊が走り出した。僕たちの特攻隊は全員で14人いて、壁は22人、上のり1人に遊撃3人だ。  それに対して、敵の特攻隊はぱっと見6人で、残りは壁になっている。この6人を抑えることが容易いことはたくさんの人が察しただろう。この6人はひときわ体格が良いわけでもなければ、身長もそこまで高くない。偶数クラスは何を考えているのだろう。  僕は外側の壁として隣の人たちと肩を組んで、敵の侵入を防いでいたが、僕のところに突っ込んでくる人はいなかった。そして、僕たちの特攻隊は作戦通り、壁の一箇所を集中放火して、防御を崩し、棒を倒すことに成功した。偶数クラスの人は僕たちの棒に触れることすらできないまま、試合が終了したのだ。 「おっしゃー! 啓太、やっぱりおまえのおかげだよ! ありがとな」 「いや、そんな……。多分相手側の采配ミスだと思うし、こんなんで気を緩めたら本番失敗しちゃうよ」  ここまで僕の作戦が上手くいくとは思っていなかったので、素直に嬉しかった。 「啓太、お疲れ。はい、水。熱中症で倒れてる人いるっていうから、気をつけてね。それと、啓太の作戦のおかげで勝てたね」  亜子が僕のところに水を持ってきてくれた。それを受け取ってから感謝の言葉を述べ、僕はそれを一口のんでから、質問に対する応答を言った。 「そんな、僕1人じゃ勝てなかったよ。みんなが協力し合って手に入れた勝利だよ」  最後のプログラムである障害物競走も2位という結果で、無事リハーサルの全日程が終了した。明日が楽しみで仕方がないというクラスメイトの騒がしい声の隣に、1つ引っかかるものがあった。 「なんで悩んでるような暗い顔してるんですか」  大夢が僕の顔を覗き込んで言った。 「明日本番なんだよ?」 「いや、少し気になることがあって。でも、もう大丈夫、気にしてくれてありがとう」  僕は大夢に心配をかけさせないために、嘘をついた。正直を言うと、明日のことで『何か』が引っかかっており、それがとても重要な事項であるような気がして、落ち着けない。 「まぁ、無理しないでよ」 「暗い顔も、無理するのもいつものことですし」 「あ、智子いたんだ」  僕は驚いて思ったことを口に出してしまった。 「影が薄いことはいつものことですし」  メガネを浮かせて格好つける仕草を久々に見たため、吹き出しそうになった。最近喋ってなかったが、元気そうでよかったと思った。 「そうだ、啓太知らないだろうから教えてあげたら? 陽路と付き合ってってこと」 「え? 陽路と付き合ってるの⁉︎」 「そうだよ。市民プール行った帰りに、陽路が告白したんだって」 「告白って……陽路も勇気あるね。ちょっと見くびってたよ」  智子は余計なことを言ったなという表情で大夢を睨みつけ、ふいっと僕たちに背を向けてどこかへ行ってしまった。  結局、引っかかっていた『何か』がなんなのかわからないまま夜になってしまった。布団に潜ったあとも探り続けたのに、その『何か』は正体を明かさずにどこかへ消えていった。  多種多様な人々の話し声がぶつかり合い、言葉は聞き取れない状態にある。放浪する音は賑わっていることを象徴し、同時に緊張感を高めさせ、おもむろに額を汗が占領していく。  とうとう迎えた体育祭の本番。熱く激しい試合が繰り広げられようとしていた。その前に、開会式と準備体操をして、2、3年の出番が終わるのを待つ。  2、3年の試合で会場は盛り上がり、熱狂的な応援と親御さんの声援が運動を埋め尽くし、僕たちのくだらない話はほとんどその声に掻き消された。  強靭で勇敢な戦士たちが声を張り上げながら美しい肉体をぶつけ合い、呼吸する暇さえ見当たらない白熱した試合だ。これが本当に中学生なのかと疑問に思うほど、力強くて激しい試合になっていた。男子はともかく、女子の競技も盛り上がるものだから、すごいとしか言いようがない。  そんな嵐が静まり、僕たちはグランドに残った熱気というバトンを渡された。そう、僕たちはこの場の空気が冷えないようにしなければならない。どうして2、3年の演技を先にやったのだろうか。僕たちの試合の質が先輩方よりも劣ることはわかっているはずなのに。  そんなことを考えているうちに女子の騎馬戦は準備が終わり、スタートの合図を待っている状態だった。クラス全員で、先輩方に負けないような大声で応援の言葉を叫んだ。 「よーい、スタート!」  3分という、短いようで長いタイマーのカウントが進み始めた。1人でも、多くの小隊が残ることができれば、僕たちチームの勝利だ。  リハーサルでは勝てたんだから、きっと勝てる。そう思いながら僕も一所懸命に声を出した。  作戦通り囮チームが偶数クラスの陣営に突撃して、敵を動揺させる。そして、動揺と同時に攻撃するターゲットが囮チームに向く。相手はこちらの陣営に背を向け、あたかもどうぞ、攻撃してくださいと言っているようにも感じた。 「行けぇ!」  クラスが一丸となって同じ言葉を口にした。もう、あとは押し切れる。これは、そう思ったのは僕たちがまだまだ甘くて、いかに単純であるかということが良くわかる。いわば、公開処刑のようなものであった。  囮チームを囲む相手の集団が一斉に外側へと逃げて、奇襲チームが囲まれてしまうという最悪な形になってしまったのだ。  しかし、こちら側のチームは臨機応変に動いて、外側へ逃げることを阻止したり、移動中の敵から鉢巻を奪ったりする。結局、その後は位置取りなんてする余裕もないほどの接戦が繰り広げられ、最終的には僅かな差で僕たち奇数チームが勝った。  手に汗握る試合で、僕たち男子は終始興奮しながら叫び続け、そのせいで喉が枯れてしまいそうだ。  僕たちのチームが勝ちということを知らされて、やっと落ち着き、一息吐くことができた。そして、すぐに思ったことは相手チームの作戦の内容だ。  本番で勝つために、わざとリハーサルでは変な作戦で挑み、本番ではリハーサルを踏まえた上で作戦を練り直して挑む。敵がそういう作戦ならば、僕が昨日感じた違和感はそれかもしれない。相手が手加減をしている。そう考えれば、僕自身も納得できる。 「次のプログラムは1年生の男子による、棒倒しです」  僕の頭に浮かぶ様々な事象を追い越して、プログラムは進む。僕たちは今、入場する直前である。それ故に、新しい作戦を考えたとしても、メンバー全員に新しい作戦を伝達できる保証はないし、中途半端に伝達されれば、チームワークが乱れる可能性が出てくる。 「入場!」  掛け声に合わせてグランドの中央に体を進め、一旦止まった。それから、各陣営の棒の前へと移動する。各陣営は円陣を組んで活気溢れる意気込みを天に掲げる。  壁を作り、上のりが壁の頂点に立ち、両者ともに準備が整ったようであった。その時点では、相手の戦略が変わったという印象は一切なく、もしかしたら、単なる相手側の采配ミスなのではないかとも思える。しかし、前回負けているのに、そのままの作戦で挑むはずがない。 「よーい、スタート!」  火蓋は切って落とされた。特攻隊が交差し合い、お互いの防御を崩そうと必死になって防御を引き裂く。  僕は開始から数秒後に壁から思い切り弾き出され、グランドの中央辺りに倒れこんだ。その場所からは両方の陣営の様子が見え、僕たちの陣営は壁がすごい勢いで崩されいくのがわかる。  対して、敵陣は壁が薄くてもうすぐ倒れそうなのに、不思議と立っている。そう、偶数クラスは守りを最低限にして、速攻を仕掛けたのだ。守りを最低限にしたといっても、その守りを担当する人たちは全員体格が大きくて力の強そうな人たちばかりである。  偶数クラスは攻撃に数を費やし、守りは質でどうにかするという大胆な作戦に出たのだ。こんな不意打ちを受ければ、特攻隊は今までの防御を崩すという考えがぐらついて、行動に迷いが出てしまう。そうなれば相手の思うツボ。  僕はこの絶望的な状況を呆然と眺めることしかできない。いや、できることはある!  僕は立ち上がり、全速力で、僕たちが倒すべき棒へ向かって走った。少しでも、少しでも早く相手の棒を地に着ければ勝てるのだ。僕の力は本当に小さいものだと思うけど、それでも、やらないで後悔するよりはマシだと思った。 「行かせるか!」  熊雄がその大きな体を広げて通せんぼする。 「俺は友達だからって容赦しないぜ」 「それはこっちのセリフだよ!」  僕は熊雄に捕まったが、熊雄の脇腹を軽く突っついた。すると、熊雄は力が抜けたように笑い転げ、その隙に熊雄を突破した。  砂を踏み荒らし、一歩ずつ確実に棒へと近づき、手を伸ばす。靴に入ってくる忌々しい粒の存在や、倒れ込んだ時に擦りむいた傷のことは忘れてひたすら走る。  止まれない。たとえ転んだとしても、ここで止まることなんてできない。目に砂が入ったが、目を擦る余裕なんてないし、擦っていては確実に減速してしまうだろう。だから、片目を瞑って走り続ける。  立ちはだかる相手を紙一重で交わして、やっとの思いで棒に手をつけた。味方と同じ方向に棒を引っ張る。相手チームのメンバーはそれを必死に止めようと、僕たちとは逆の方向に引っ張っていた。 「みんな! 手を離して!」  僕がそう叫ぶと、味方は棒から手を離した。棒は敵の引っ張っていた方向に勢いよか倒れる。棒が地に――着いた! 「どうだ? 勝ったか?」  味方の1人が呟いた。そうだ、僕たちが倒すよりも先に棒が倒されている可能性がある。そう思い、後ろを振り返ると、僕たちが守るべき棒はすでに倒れていた。 「嘘だろ?」  僕たちは負けたのだ。全力を尽くしたからこそ悔しい。歯を食いしばって勝敗よアナウンスを待った。どうしようもない悔しさを抑え込み、澄んだ空を見上げる。 「……えっと、ただ今の勝負、引き分け!」 「えっ?」  観客席からは何一つ聞き取れない声が飛んできて、応援席からは興奮しきった女子が喜んだり悔しがったりしている。僕は状況をよく理解できなかった。 「えっと、引き分けってことは、同時に棒が地に着いたってことか」  ようやく理解できたのは、棒倒しが終わって退場した後だ。 「啓太が機転を利かせたおかげで引き分けになったんだよ!」  亜子にそう言われながら手を握られ、上下に揺らされている。嬉しくてにやけてしまいそうになる口が僕の幸せを大胆かつ大袈裟に表現していた。  いよいよ、最後の競技である障害物競走が始まろうとしていた。前の出番の3年生が演技を終えて、退場しようとしており、僕たちの緊張は最高潮を迎えようとしていた。 「みんな、聞いてくれ。山本さんが騎馬戦で怪我して、次の競技に出場できないらしい。だから、女子で、代わりにアンカーやってくれる人いない?」  アンカーという最も重要で、プレッシャーのかかる役。この役を選ぶだけでも相当な時間がかかり、やっとのことで引き受けてくれた人が負傷して出れない。心の準備をする余裕もないだろうし、ましてや、快く引き受けてくれる人はいなかった。  みんな他人任せで、目をキョロキョロさせて黙り込む。ただ時間だけが過ぎていく。3年生が退場し、残された時間は僅かとなる。 「平井さん、私がアンカーになります」  この沈黙を破ったのは亜子であった。彼女が揺るがない瞳を平井に向けて放った言葉は、クラス全員の心を震わせる。特に、僕は衝撃を受けた。彼女は運動が得意なタイプではないので、クラスに対する気持ちがこれほどまで強いと改めて思い知らされたからである。そして、クラスは彼女の強い眼差しに背中を押され、入場した。  会場の騒がしさを全身で感じて、緊張しているということを自覚する余裕すらも掻き消される。僕たちはこの行事を楽しむのだ。それを自分に改めて言い聞かせた。  各クラス、初めの走者が位置につく。いつの間にか静まり返った会場が鼓動に包まれていた。そして、その会場を覆うように放送が鳴り響く。 「よーい、スタート!」  その合図で走者は一斉に走り出し、第1の障害である背面輪っかくぐり。半径20センチ程度の輪っかを、背面跳びでくぐるというものだ。数ある障害のうち、比較的簡単なものである。  全クラスつっかえることなく、輪っかを通り、マットに横たわる。2組の人が可憐な受け身をとって、起き上がる時間を短縮した。そのため、僅かではあるが、差が出てしまう。  次の走者にバトンタッチ。  次は3人で大玉を担ぎ、それをバスケットボールのようにリングへ投げ入れなければならない。これは3人の息が合わないと、無理難題である。この3人は放課後、毎日のように練習していたのだから、大丈夫だろう。  3組のグループがリングの前に到着する前に、2組が大玉を1発で入れることに成功した。それを目の当たりにした3組は胸の鼓動が荒れる。それは大玉を運ぶ3人も同じであった。 「おぉーっと! 2組の流れるような美しい動きに会場は大盛り上がりです! 続いて6組、1組と、2組の後を追います!」  3人とも緊張しているせいか、焦燥に駆られてしまったのか、全くタイミングが合わず、ボールを拾っては投げるの繰り返しをしている。 「落ち着いて! いつもの感覚を思い出せ!」  すかさず、平井が叫ぶ。すると、3人は深呼吸して、冷静な状態でボールを宙に放った。そのボールは綺麗な楕円形を描きながらリングの中に収まった。 「いいぞー!」  次の走者にバトンタッチ。  次は僕と亜子を含む9人で三人四脚。横の人と足が繋がっているのはもちろんだが、前後も足が繋がれている。3×3の巨大なブロックが6つ、掛け声と共に運動場を響かせる。  横とのタイミングと同時に前後の組とも合わせて足を出さなければならないため、慎重かつ、誰も転けないように、肩を組んだり掴んだりしていた。それでも、時々崩れそうになり、心底ヒヤヒヤしたが、なんとか運動場を半周し、次は陽路と大夢を含む三人四脚に回る。 「現在の順位は2組、1組、6組、3組、5組、4組の順番です!」  やはり、3×3という大きなまとまりで動いている分前のクラスを追い抜くことは難しいし、差わ埋めることもあまりできなかった。  次の走者にバトンタッチ。  第4の障害は運動場からプールへ向かって走るものだが、道中には平均台、網、お玉と卓球ボールといったものが配置されている。  まずは、平均台。普通の平均台とは違って直線ではなく、カクカクしたものだ。曲がる時はある程度の減速が必要だが、平井は曲がり角を無視し、ジャンプしてショートカットする。平均台への着地は困難であるはずなのに、こうも簡単そうにやるというのは才能やセンスの有無が関係しているのだろう。  次に網。これは単純に網をくぐるというものだが、体格の大きい人からすると難関の場所でもある。平井は直前で体育着を頭まで被り、網の下へ入り込み、体育着と網が滑るように進んでいく。そうして、引っかかることなく網から抜け出した。  最後はお玉と卓球ボール。お玉に卓球ボールを乗せて走るものだが、バランスをとるのが難しいため、急ぐとボールをしょっちゅう落としてしまう。それだけでなく、今回は先生方の特大うちわの風がボールを襲う。落としてしまえば、拾うことすらできなくなる可能性もあるし、何よりこのレベルの風を使っての練習ができなかった。  平井はその大きな体を壁にして、風からボールを守る。体を回転させ、全方向の風を受け流し、プールサイドで待つ次の走者へバトンタッチすることに成功した。  第5の障害はプールの中で50メートル歩くというものだ。前もって水着に着替えていた走者は急いでプールに入り、ひたすら歩く。その歩いている途中で、プールの中に落ちているビー玉を5つ拾わなければならない。走者はビー玉のある位置を知らないので、プールに入る前にしっかりと確認し、ルートを考えなければ余計に時間がかかってしまう。  しかし、すぐに見つけられたらしく、迷うことなく水の中へ入り、50メートル歩いてその途中でビー玉を拾うことに成功した。  次はプールから運動場へ戻る。さっきと同じルートを辿る。平井と同じような立ち回りで障害物を乗り越えていき、無事に運動場へ戻ってきた。  次の走者にバトンタッチ。  第6の障害はデカパンの股下に両足を通して2人入った状態で待機していた2人はでジャンプして運動場を進み、吊るされているパンを取り、食べる。パンは絶妙な高さに吊るされており、ジャンプしてじゃないと取ることはできない。 「あの3組の髪長い子、かわいいな。しかもあの胸。顔突っ込みたいんだけど」 「あー、わかるわ。全体的に細いくせにあれは卑怯だ」  不意に隣から変な会話が聞こえてきた。彼らは智子の話をしていて、デカパンに入って飛び跳ねる彼女を見てニヤニヤしていた。  智子たちがパンの真下までくると息ぴったりのジャンプでパンを撃ち落とす。そのまま美味しそうに頬張り、喉を通るとアンカーへとバトンが渡される。 「さぁ、競技もいよいよ大詰め! 各クラスほとんど差のない試合展開が繰り広げられ、全クラスが最後の障害である借り物競争へと差し掛かりました! 1位と最下位の差ですらも30メートル未満という熾烈な戦いを制するのは一体、どこのクラスになるのでしょうか‼︎」  最終局面に突入し、ハイテンションのアナウンスが縦横無尽に駆け回る。輝く汗が砂を染めるその瞬間まで見逃せない。そんな会場の集中した目線は亜子の手を震えさせた。  亜子は箱に入った4つ折りの紙を引き抜き、それの中身を恐る恐る覗く。亜子の目にペンで書かれた文字が映った瞬間、彼女は文字の意味を理解できない様子で固まってしまった。何かを悩んでいるのだろうか、動揺しているようにも見える。そんなに酷い内容が書かれていたのだろうか。 「南原さんどうした!」 「私たちも探すの手伝うから書かれてるやつ教えてよ!」  クラスメイトが亜子の魂を本体に戻そうするも、意味を成さない。 「亜子! 頑張れ!」  僕もみんなにつられて叫んでみた。すると彼女は唾を飲み込み、紙切れを握り締め、歯をくいしばり、宝石のように光り輝くその瞳をこちらに向ける。そして、一直線に走り出した。その先に何があるかはわからないが、彼女は勇気を振り絞ったに違いない。 「頑張れぇ!」  僕は彼女の応援をすることしかできないが、少しでも、支えになってくれているのならば嬉しい。  決意を纏った瞳は目的地の目の前で止まった。そして、手を差し出す。 「啓太。一緒に来て欲しい」  軽く息を切らした亜子は僕の方へ手を伸ばしている。僕は戸惑い、どういう反応をしたらいいのかわからず、黙り込んでしまった。 「啓太、呼んでるんだから、一緒に行ってあげなよ」 「あ、う、うん」  後ろから大夢が背中を押して、僕を見送った。僕は亜子に手を引かれてゴールへと走り、これまでにないほどの歓声と拍手が会場を埋め尽くしているようにも思えた。  汗はかいていないはずなのに、とてつもなく暑くて、胸が苦しい。これが恋の病か。そんなこと考えると、余計に彼女を意識してしまい、触れている指の感覚が研ぎ澄まされる。細く滑らかで、触り心地の良い指。  これ以上はダメだと思いつつも、彼女の後ろ姿、匂いまでもが正確かつ精密に脳裏に刻み込まれた。  砂を踏みしめ、風を切り、飛び交う音を跳ね返す。僕と亜子は勢いよくラインを飛び越えた。 「今、ゴールテープを切ったのは――」  会場に僅かながら静寂が訪れる。 「3組さんです‼︎」  僕は状況が飲み込めず、呆然としていると、亜子が満面の笑みを僕に向け、ありがとうと言った。どういたしましてと返事する僕の顔は、自然と笑顔になっていた。  クラスメイト全員が僕たちのところに集まってくる。煌めく太陽にも負けないくらい僕たちははしゃぎ、騒いで、喜び、手を取り合って笑った。  あの清々しい空はまるで、僕たちの心を透写しているように見えるほど広大で、僕はあれに吸い込まれそうだ。いや、もうすでに吸い込まれ、抜け出せなくなっている。 「そーいえば、借り物競争の時引いた紙、なんて書いてあったの?」  体育祭も終わり、教室の熱気はどこかへ消え、みんな机に顔が落っこちるほど疲れたらしい。それらを後ろにして、僕と亜子は体育祭の話しをしていた。 「あ、その、あれは……その、友達って書いてあった」  亜子は恥ずかしそうに目をそらす。他の友達もたくさんいるはずなのに、どうして僕を選んだのか疑問に思ったが、しつこいと思われたくなかったので言及はしなかった。  休み時間終了のチャイムが鳴り、先生が教室へ入ってきた。次は総合だったっけ。何するんだろうと考えながら席に着いた。 「んじゃあ、総合の授業を始める」  先生の声に起こされ、机から頭が上がった。ほとんどの人は眠そうな目をこすって、一部の人は頭も上がらないままである。しかし、それらを無視して、先生は話し始める。 「来年度から新しく導入される『飛び級』の話だ。おまえたちが2年生を終了した時点で、優秀な成績を収め、かつ、3年生と同じ、またはそれ以上の学力を持つ者は2年生で卒業でき、高校にも推薦で入れるという制度だ」  先生は淡々と説明する。そこで、僕は優秀な成績という言葉に引っかかった。おそらく、これはポイントのことだろう。 「今のところ、その制度を受けられる候補は、このクラスに3人いる。関崎友哉、南原亜子、和田啓太。この3名だ。まぁ、引き続き頑張っていけば、他の人たちよりも一足先に就職できる。もちろん、他の人たちも、今から頑張れば大丈夫だ」  1年早く就職することによって、何が有利になるのかわからなかった。経験? 収入? そんなものよりも、学生生活という貴重な時間の方が大切なのではないのだろうか。 「伝えることは伝えた。次は授業の内容に行くぞ。それぞれ体育祭の感想的なものを書いてもらう」  そう言って、先生はプリントを配り始める。先生は全員にプリントが行き渡ったのを確認すると、僕と亜子にスタディルームへ来てほしいと言った。僕と亜子は何かしたっけという風に顔を見合わせた。当たり前だが、何かした覚えはない。  先生についていくように教室から出て、スタディルームにある机の椅子を勧められた。僕たちはその椅子に座り、先生がその向かいに座る。 「単刀直入に言う」  息を吸う間も躊躇いもない様子で話の本題を切り込む。 「君たちに実験台になってほしい」 「実験台?」 「まぁ、具体的に言うと、君たち2人には飛び級をしてほしい。ただそれだけだ。生活に何らかの支障が出るわけでもないし、実験の内容としては、君たちが飛び級した後の学校生活を観察するだけ。それに、この観察が功を奏したら、今問題になってる謎の死の対策ができるようになるかもしれない」  謎の死を対策できるかもしれない。これは、僕も望んでいることだし、亜子も協力するに違いない。ならば、僕も協力しなければならないなという使命感を覚えた。 「僕はいいですよ」 「私も」 「おぉ、そうか。じゃあ、今後も成績を落とさないように、頑張ってくれ」  話はすんなりと終結し、先生も話が長引かなくてよかったという表情を浮かべて教室へ戻った。 ***  僕たちが実験台になる理由はなんなのか考えてみたが、思いつくものは何もない。それに、観察と言っていたが、飛び級しないと得られない情報があるというのだろうか。飛び級する理由はなんなのか。いくら考えても無駄で、亜子も心当たりがないらしい。結局、僕たちは大人の事情に流されることになった。  時は進み、僕たちは進級した。後輩ができていくらか成長した気分に浸っていると、事件が起きた。それは、にわか雨のように唐突で、現代の技術を駆使しても想定できないものであった。  数学の授業中、僕たちに背中を向けて黙々と式を解いていく先生と、眠気と戦う生徒たちの何気ない日常が広がっていた……はずだった。たった数秒のうちに、教室から地獄へと連れていかれたのだ。 「うっ……」  夏も近くなっているのにも関わらず、冷んやりとした空気が漂う空間にいた。硬い地面で横になっていたため、体中が痛む。  そういえば、どうして僕はここにいるのだろうか。記憶を掘り返してみると、そこには、授業中に突如現れた煙が脳裏を過った。そして、それを吸い込んでしまった瞬間に、僕は深い眠りについたのだ。教室はクーラーをつけていたため密室で、教室から出るという考えに辿り着く前には煙が教室の中を埋め尽くしていた。  目が覚めた時にはもう、未知の場所で手足を拘束されて、たくさんの電子機器がある四角の小さな部屋にいた。1人の男性が、パソコンの前にある椅子に座っていて、僕が起きたことに気がつき、椅子をこちらへ向けて回転させる。  ちょび髭で目つきが悪く、脳の奥深くにある嫌な記憶を嘔吐物として引き出させる姿が、そこにはあった。 「目覚めたようだね啓太くん。さぁ、楽しいゲームを始めようじゃないか」  呆気にとられている僕の目の前で、甲高い笑い声を上げる。僕は、それを見上げることしかできなかった。 「――津久田蒼馬」  思わず名前を口にしてしまった。彼がどうして、ここにいるのかわからないし、僕がここにいる理由もわからない。しかし、お互いに同じ空間にいることは確かで、僕は彼を恨んでいる。その事実はどうあがいても変わらない。  僕の持てる限りの力を眼に込めて彼を睨みつけるが、彼はその様子を面白そうに見下ろす。 「おぉ、私のことを覚えていたとは、実に光栄だ。ならば、話が早い。それで、ゲームの内容だが、10分後、君を含めたクラス全員の中の誰か1人を殺す。あ、それと、今、この部屋のやり取り全てが、君のクラスメイトがいる部屋に映し出されているからね」 「ど、どういうことだよ、それ」  殺すという言葉に僕は怖気付き、震え、弱気になってしまった。 「まぁ、話を聞け。その、死ぬ人はどうやって選んでも構わない。まぁ、自主性が理想だけど、君が選んでも構わない。とにかく、生け贄を1人選ぶんだ。時間内に決められなかった場合、あっちの部屋にいるやつらは爆発音と一緒に粉々になるぞー」  寝起きであるにも関わらず、たくさんのことを瞬時に理解、推測できた。僕たちのクラスは丸ごと誘拐されたのだろう。犯人は津久田で、彼は僕に死んでほしい。あるいは、罪悪感に苦しむ僕を見たい。どちらにせよ、僕たちを使って遊ぼうとしていることは確実であった。  他人事のような言い草に怒りを覚えたが、僕たちの命が彼の手のひらにあると考えれば、今の感情を表現できなかった。  10分以内に1人決める。その考えしかなかった時点で、僕は既に最低最悪の人間︎……いや、人ですらない、ただ自分が生きることにしがみつくだけの()でしかない。  自分が死にたくないのは事実だ。だが、この事件を持ってきた張本人のような存在で、こんな贅沢を言ってもいいのだろうか。ダメに決まっている。ならば、自分が死ぬと、そういえばいいだけだ。 「ぼ、僕が……」  「死ぬ」なんて言えるはずなかった。どうせ夢もないし、特にやりたいことがあるわけでもないが、生存本能はやけに素直で僕の意思とは真反対の方向に力を加える。よって、力が釣り合って動けなくなったのが、今の状況だ。結局僕は臆病で、勇気も無ければ力も無いのだと、改めて痛感した。 「どうした。ほら、早くしないと全員殺しちゃうよー?」  自分さえよければそれでいいわけがない。だけど、脳と体が分離してしまい、両者が上手く溶け合ってくれない。停滞すらも許してくれない時間制限の設定によって、焦燥感が増すけど、それは僕の行動になんの影響も与えてくれなかった。  刻々と時間は過ぎていき、あと3分という警告。 「あー、そうだ。あっちの部屋と会話できるようにするか」  残り3分で選択肢を増やし、自分が死ぬという選択肢を消去させる言い訳にできるようになってしまった。 「啓太! お願いだ! 俺は選ばないでくれ!」 「私、啓太のこと信用してるから!」 「田中を選べ!」 「そうだ! 田中最近うざいから、田中にしてくれ!」  みんな口々に自分を選ばないでくれと叫んでいる。自分の命が何よりも愛おしいのは当たり前だ。しかし、いじめじみた言葉が聞こえ、僕は悲しくなってきた。  1つのいじめを潰しても、いじめは嘘のように平然と日常に紛れているし、無数にある。な僕は雨粒を数えるのに等しいことをしていたのだと気づいた時、絶望という感情を知った気がした。  命乞いをする声がうるさく感じたらしく、津久田はうるさくしたら殺すぞと脅し、騒ぎを鎮火させた。 「あと1分しかないぞ。どうする?」 「……」  どうしようもなかった。一切関わったことのない人を殺せば楽だろうか。あるいは、指名されている人を選んで、被害を最小限にするか。死んでもいいと言われているのだから、悲しむ人が少なくなるのではないかと考えた。 「10秒……8、7、6……」  でも、田中を指名してしまえば、僕もいじめをしたことになる。そんなことしたくない。 「5、4、3……」  もう優柔不断になっていられない。覚悟を決めて自分が死ぬことを宣言しなければ。 「2、1――」  決意こそできていないが、最終的に僕は殺されるだろう。そう自分に言い聞かせて、僕は目をゆっくり閉じ、口から深く息を吸い込んだ。  乾いた喉は言葉の出入りを規制し、舌は思うように動かない。みんな死ぬ。そのビジョンが見え、既視感と嘔吐感が混ざり合い、今までにないスピードで僕の体を埋め尽くす。そして、息をすることさえ許されなくなった。 「俺が、俺が死ぬ!」  張り上げた声がマイクを通してこちらの部屋に届いた。声の持ち主がわかるほど鮮明な音声に僕は救われたような感覚を味わった。しかし、それはほんの一瞬の話で、その後は自分が死にたくないが故に、他人を利用したような気がして、罪悪感に苛まれて、自分がどうにかなりそうになる。 「ほう、勇気のあるやつもいるもんなんだな」 「大夢⁉︎」 「俺が、啓太の代わりに死にます!」 「啓太はそれでいいのか?」 「……」  声の持ち主は大夢だった。彼の抱く僕への好意は本物で、彼はいつも僕の力になろうと協力的な姿勢であった。その上、僕が困った時に頼れば、いつでも応じてくれる。そんな優しい大夢の好意を悪用したのだ、僕は。その好意に応えることなく、僕は彼の優しさに漬け込んだのだ。  そのつもりはないなんて上辺だけの話で、心のどこかでは、彼が身代わりになってくれるだろうという気持ちがあったかもしれない。いや、あった。だから、言い訳を並べてギリギリまで待った。頭の良い大夢なら、助けが来るまでの時間を稼ぐため、ギリギリまで待つだろうと信じた。  こんなところで信じるという言葉の本質を疑ってしまうとは思ってもいなかった。それ以前に、疑う必要なんてないと思っていたのにもかかわらず、僕がここまで最低で、最悪で、下劣で、残念なやつであるせいで、こんな、罪もなければ関係もない人を……。ましてや、仲のいい友達を……。 「…………」  何も言えなかった。そんな自分が憎いけど、愛おしい。僕は矛盾の世界で生きているのだと、今になって自覚した。歯を食いしばって自分の考えを噛み潰そうとしても、自己防衛が邪魔をする。 「そうか、わかった。では、大夢とやらを代わりに殺そうか。連れていけ」  結局、無言の肯定という形になってしまった。僕は自分自身に大きく絶望し、自己嫌悪に陥った。まだ間に合うと思いながらも、大夢を庇うような言葉は全て引っ込んでいく。  壁の一面に大夢を含めたクラスメイト全員がいる部屋の様子が映し出された。そこには鉄格子で部屋のように仕切られた大部屋があり、1人1人が隔離されている。 「じゃあ、川内、こっちに来い」  久々に聞くその声に耳を疑った。たしかに、謎めいた人だし、何を考えているか一切わからないけど、明るくてフレンドリーで、孤立していた僕と普通に接してくれたし、何度も彼に助けてもらった。大夢を処刑するために鉄格子を開ける、その人物は関崎であった。  つい数日前まで普通に話していた人なのにどうして? もしかしたら、津久田に脅されているかもしれない。脅されているのだろう。そう信じて、彼の一挙一動に意識を向けた。  鉄格子の扉を慣れた手つきで開ける動作、大夢に遠慮なくナイフを突きつける様子、処刑場所へ歩く足取り。全てが完璧で、疑いの余地はなかった。彼と津久田は共犯だ。  関崎は躊躇なく大部屋の自動ドアから隣の部屋に移動する。壁に移る映像も後を追うように視点が動いた。  隣の部屋に繋がる自動ドアが開き、少し遅れて真っ暗な部屋に明かりがつく。微かに入り込んだ光の量が増えると視界が鮮明になり、部屋の中心に拘束器具のようなものが見えた。それと、部屋にはドリッピングとブラッシングを使用したと思われるような、不思議な模様が描かれている。扉は入ってきたところの1つで、他に行く道はないようであった。それは、目的地へ到着したことを示していた。  大夢はどんな気持ちなのだろうか。僕のことを恨んでいるのではないかとも思ったが、それなら自分から死ぬとは言わないだろう。では、死ぬのが怖くないのだろうか。いや、怖いに決まっているだろう。だって、本能は死を拒み、楽を求めるのだから。 「そこに首を突っ込んで」  関崎が拘束器具にある穴に頭を突っ込むように命令した。しかし、大夢は素直に言うことを聞かずに、関崎の持つナイフを奪い取ろうとナイフに手を伸ばす。  右手でナイフを持つ右腕を逆手で掴み、外方向へ思いきり捻る。関崎は急な攻撃に反応が遅れ、ナイフは地面へ吸い込まれていった。そのまま掴んだ腕を背中へ持っていこうとしたその時、大夢は苦しそうな表情を浮かべる。 「うぐっ……!」  少し遅れて、痛みを訴える声が部屋で反響する。なぜか関崎のもう片方の手が大夢のお腹に伸びていて、そこから僕の忌々しい記憶が漏れ出していた。  地面にナイフが落ちる音が響いた。  関崎は2本目のナイフを取り出していて、それを大夢のお腹に刃を差し込んでいたのだ。大夢は何が起きているのか理解できていない様子で、目を見開きながら両手をお腹に持ってきた。その瞬間から――もしかしたら最初から――関崎の一方的な試合が始まる。  関崎は大夢を押し倒し、その上にまたがって弄ぶように傷を抉った。と思えば、急にナイフを抜いて、他の箇所にも穴を開け始める。鈍い音と痛々しい声が部屋を埋め尽くし、もがく様子に胸が締め付けられるように痛む。  関崎の制服に付着した影がドリッピングとブラッシングでできたアート作品を生み出す。関崎はおもちゃで遊んでいるような無邪気な眼差していて、頬は上がっている。彼はその表情を保ちながら楽しそうに切り刻み続ける。無慈悲な刃の雨は大夢の声と共に止まった。  心臓が止まる様子も見せずに激しく鳴るので、息苦しく、今にも意識が飛びそうなほどめまいがする。  僕が殺したのだ。大夢を。  罪悪感よりも、もっと怖い何か、幽霊に取り憑かれてしまったような感覚が体の隅々まで汚染していく。そして、涙を忘れるほどの痙攣が波のように押し寄せてくる。何とも形容し難い悲しさと苦しさに瞬きすら忘れてしまう。 「さぁ、第2ラウンドと行こうか」  この様子を眺め、楽しそうな口調で津久田は喋る。生きるとは。僕は人を殺し、自分だけ生き長らえて満足しようとしている。どうしてそこまで生きていたいと思ってしまうのだろうか。不思議で仕方ない。僕が弱虫だからだろうか。  血を流し、醜い形になってしまったそれ《・・》を見るたびに胸が裂けるような感覚に陥り、ナイフを握る関崎が動くたび、彼に対しての怒りが増幅する。 「第2ラウンドも10分ね。ほらほら、早く決めないとみんな殺しちゃうよ?」  僕を嘲笑いながら、仲間の命を手のひらで転がす。そして、僕の生きたいという感情を煽る。どうして津久田は、僕に人を殺させるのだろうか。 「僕が人を殺すのを見て何が楽しいんだよ!」 「おいおい、俺は心広いからいいけど、普通なら爆発音聞こえるからね?」  僕は真剣な瞳を――津久田に向けた。  彼は相変わらずニヤニヤした顔つきで話し始める。  おまえの両親は、この施設の研究員だったんだよ。ここでは主に、この国の将来を見据えた人体実験が行われていた。ちょうどその頃は、安楽死制度とか入院の自由が無かった時期だったから、死にかけの人たちをここに連れ込んで、実験をしてたわけさ。  おまえの両親と俺は細胞の研究をしていて、将来、この国を任せられるような人材を作れる優秀な細胞――(アスタリスク)細胞を作るんだよ。何が優秀かというと、本人の意識とは別にもう一つの意識があって、それが学習能力の急激な上昇と、発育過程の短縮等を引き起こすことができる。そして、この細胞をばら撒くことに成功した頃、おまえの両親は俺たちを裏切りやがった!  *細胞は使ってはいけないだとか言い出して、この研究所から出て行きやがった。しかも、*細胞に関する全てのデータを捨てて出ていった。その時、俺も*細胞の研究に携わっていてな、腹が立つことこの上ない。  しかも、その件で俺は上司にここを追い出され、職を失った。だから、金の確保も兼ねておまえの両親を殺したわけさ! まぁ、当然の報いだろ? でもなぁ、まだ足りないんだよ。だから、こうしておまえを苦しめてるわけだ。わかるか?  子供には難しい話かと補足して不気味な声を上げる。僕は両親を庇うことも、肯定することもできない。きっと、何かしらの理由があって、こういう行動をとったと信じることしかできないのだ。  まさか、両親がそんなことをしていたなんて初めて知ったし、ましてや、人体実験のお隣で仕事していたなんて驚きだ。  ビーッビーッビーッ――  急に警告が部屋に鳴り響き、津久田の表情が曇った。 「畜生、ここまでか。友哉! 逃げるぞ!」 「じゃあね、啓太。もう、会うことはないだろうけど」  スクリーンに映る関崎がいつもの関崎と全くの別人に見えた。いつもならにこやかで明るく、話しやすい雰囲気なのに対して、今は無表情かつ目が鋭くて、とてもではないが近づきがたい。体格も、小学校の頃とさほど変わらないというのにもかかわらず、津久田と同じくらいの威圧感を放っている。 「どうしてこんな……」  僕にはその一言が限界だった。 「俺はね、おまえみたいなやつが嫌いなんだよ。正義の味方? 偉そうに。勉強もそこそこできるし、優秀なのが余計に気に食わねー。だから、おまえを苦しめるためだけに津久田さんと組んだから、裏切るも何も、俺は俺のしたいことをしたまでだ」 「え、だって、そんな……」  関崎はいじめをなくそうとした時、僕を応援してくれた。それに、遠回しではあったが、助言をくれた。なのにどうして? 「俺はな、この世で一番の存在なんだよ。神に選ばれた存在なんだよ! それを理解してほしい。まぁ、おまえができるはずもないか」 「もう満足しただろ? 俺は先に行くぞ」 「あぁ」 「ちょっと! 待って!」  津久田と関崎は僕の視界から瞬く間に消え、姿どころか声も気配も、なくなってしまった。今での2人の姿が幻影だったかのように。  ガチャッ  ドアの開く音がして、振り向くとそこには亜子の父親がいた。 「大丈夫か?」 「はい。大丈夫です」  張り詰めた表情で、こちらの安否を確認する。応えると、通信機器を使って他のメンバーと連絡し始めた。そこで、クラスメイトも1人を除いて全員救助されたという報告を聞き、僕は胸を撫で下ろした。しかし、大夢が死んだことは僕にとって一生治ることのない傷として心に刻まれた。  出発前の駅に心を忘れてきたような、魚の死んだ目で参考書を眺め、電車の揺れるリズムとちぐはぐなリズムで頭に入らない単語をぶつぶつと呟く。周囲の人々と押し合いへし合いしながら電車の吊り革に掴まっていた。  僕は季節の移り変わりを堪能する余裕もないまま、飛び級受験の当日を迎えた。まともに勉強も手につかないほど、あの事件のことを引きずっていて、未だにクラスメイトを危険な目にあわせ、大夢を見殺しにした罪悪感に苛まれているのだ。  クラスメイトは僕が大夢を見殺しにしたことを目の当たりにし、僕がいかに最低なやつか知った瞬間に誰も近づこうとしなかったし、僕も、彼らの意向を察して、できる限りの距離を置いている。  あんなに仲の良かった亜子でさえ、僕を避けるようになっていた。その時点で、僕が孤独に遡ったことを思い知った。  1人でいることは怖くないと豪語していた小学校の自分が脳裏に浮かび上がり、澄ました顔でこう言う。 『やっぱり、1人でいた方がよかったじゃないか』  そんなこと……。ないとは言い切れない。あの事件が起こる前まではとても楽しく、充実した学校生活を送ることができていた、はずだったのだが、一度知ってしまった幸せが剥がれ落ちるほど虚しく悲しいことはないのではないのだろうか。  幸せに裏切られたとでも表現すべきだろう。人間が最も精神的苦痛を感じるのは、裏切られた時ではないのだろうかと思うほど辛い。それと同時に脱力感や孤独感も拍車をかけるものだからたまったものではない。  でも、少なくとも今日は、今日だけは頭を空っぽにしなければならない。受験に合格し、クラスのみんなと離れたい。高校で新しい友達を作りたいが、許されるはずもない。それでも、僕はクラスメイトの不安をなくすためにも合格しなければならない。 「潮見坂前。潮見坂前に到着しました。お降りの際には足元に気をつけ、忘れ物がございませんように、ご注意ください」  アナウンスに反応して、参考書を腰辺りまで下ろし、大波に流されるように電車から出た。  改札口を抜けて駅から出ると、そこにはこの国で最大と言われる勾配の強さを誇る潮見坂が見えた。潮見坂の途中には僕の受験する星樹(ほしき)高校がある。  どうしてこんなところにあるんだよ、とツッコミたくなるほど急な坂のど真ん中にそびえ立ち、潮見坂前の駅から潮見展望台の中間地点にある。  正直、坂を登るのが面倒だが、行かなければ受験できない。重い足を持ち上げた。 「えぇっと、私はあなたと星を見上げている? で当たってるのかな?」  ローファーと地面が擦れる音と、聞き覚えのある声が右隣を通り過ぎようとした。 「あっ……」  僕は思わず変な声を上げ、彼女に顔を見られないように俯いた。声に気づいた彼女はどんな表情をしていたのかわからないが、絞り出すように声を出す。 「啓太、受験頑張ろうね」 「うん。亜子も頑張って」  正直、僕みたいな疫病神と関わってほしくないので、無視してほしかった。しかし、彼女の優しさが僕の願いを打ち壊した。  彼女はなぜか、僕に歩調を合わせて坂をゆっくりと登る。さっきまで英語の問題集と睨めっこしながら歩いていたはずなのに、いつのまにか問題集を閉じていた。  そこから高校に着くまで気まずい時間が続いた。 *** 「あっ、啓太じゃん。テストどうだった?」  あの事件以来、唯一話しかけてくる人がいた。練二だ。彼はいつもの調子で肩を叩き、話しかける。彼の明るさにはいつも負けてしまうため、どんなに気持ちが滅入っていても、不思議と元気が出る。こういう魔法が使えるからこそ、彼の周りはいつも人で賑わうんだろうなと思う。 「結構自信あるよ。そういう練二は?」 「俺もなかなか自信あるぞ」  帰りの電車に揺られながら会話している僕たちを見て、微笑む男の子がいた。ふと目が合い、その子は僕に向かって手を振った。僕は少し躊躇い、消極的に手を振り返す。 「おまえ、まだ『不幸を運ぶ黒い鳥』だなんて考えてんのか?」  その様子を見た練二が呆れた顔で言う。僕は頷こうにも頷けず、黙って目線を落とした。 「もしも、おまえが『不幸を運ぶ黒い鳥』なら、俺はとっくに死んでるんだって。俺は今こうして生きてるんだぜ? あんまり気にすんなって」  そう。実は、僕はあの事件の後、いじめにあったのだ。不幸を運ぶ黒い(カラス)が鳴いたせいで、あんなことになったんだと。そりゃあ、小学校の頃とは比べものにならないほど陰湿ないじめであった。思い出したくないほどに。  やはり先生も役に立たず、今回ばかりは自力でどうにかできるほど精神的な余裕はなかった。ひたすらいじめに耐え続けたのだ。 「わかってるって」  僕が不幸を運んだわけではないことくらい理解していた。しかし、周囲からの暗示には勝てなかった。思い返せば、自分が不幸を運んだと言っても過言ではないという場面だってたくさんあったのだから、余計に自分を傷つけた。  児童園に着き、ドアを開けると目の前には見慣れた光景が広がった。午後22時。この部屋に居られるのもおそらく明日まで。明日の朝、合格通知が届けば、すぐに引っ越し。その引っ越しを悲しむ者は誰もいない。むしろ歓迎されてるかもしれない。今日の夕飯の時だって、僕に話しかけてくる者は誰一人としていなかったからだ。  本当に自分は『不幸を運ぶ黒い鳥』なのかもしれない。園で生活する最後の日かもしれないというのに、孤独感と空虚感が同時に押し寄せてくるのだから。  朝、眠りから覚めて時計を確認した。合否の結果が届いていてもおかしくない時間。案の定、僕のメールボックスには合格通知があり、内心ホッとしつつ、虚しさが込み上げてくる。  普通ならば合格してしまったがために別れなければならないという気持ちと、合格した嬉しさが入り混じった状態で別れを味わうはずだった。 「なんか、寂しいな」  咳をしても1人、か。折本も朝から出かけていて、見送る人といったら先生方くらいだろうか。  もともと少ない荷物をまとめるのはすぐに終わり、先生方に見送られて園を出た。 ***  園から20分くらい歩いてやっと着いた。これからお世話になる家。ワンルームアパートの2階。児童園の部屋よりは狭いが、1人になった分広く感じる。  哀愁が漂う部屋に荷物を並べていく。微かな物音が僕の心を窮屈にしていく。切り替えなきゃいけなのだろう。周りが変わったんだから僕も変わらないと。  そういう生き方をしていかないと置いて行かれる。ただでさえも余裕ないんだから、これ以上差がつかないようにすべきだ。  明日は卒業式。泣くも笑うも僕の勝手だし、相手の勝手だ。だけど、結果がどうであれ、僕は進まなきゃいけない。『have to』が多い世界。  部屋を整理していた手はいつのまにか止まっていて、一点を見つめてぼんやりとしていた。フローリングの冷たさが体に伝わって我に返った。 「はぁ……」  ため息をしても1人。  1つ上の卒業生に紛れて椅子に座り、なんの違和感もなく卒業式は行われた。滞りなく進む式が、まるでここから出て行けと言って追い出しているようだ。  クラスメイトや知り合いがアーチを作り、その下をくぐって校門へ導かれる。特に惜別の情を交換する友達もいなければ、バイバイと手を振る友達すらもいない。  家の整理がまだ終わっていないからと自分に言い聞かせ、帰り道をひたすら歩いた。そして、アルバイトの時間まで荷物を整理した。  部屋も質素な家具のおかげでそこそこ見た目が良くなったころに、アルバイトの時間を告げるアラームが鳴った。  お客さんがほとんどいない店内を掃除する。あと5分もしないうちに満席になるのはいつものことだから、今のうちに掃除をするのだ。 「そういや、中学校は今日卒業式だったんですよねぇ? 飛び級するってのに、友達と一緒にお別れパーティー的なことしないんすか?」  先輩は机を拭きながらそう言う。正直、痛いところを突かれ、反応したくないのだが。 「僕、もともと友達少ないんで大丈夫です」  自分で言っておいて、勝手に傷つく。胸がチクリと痛む。なんだろう。最近はなんだか、自己嫌悪になる時が多い。自嘲気味な口調も、嫌なのにどうしようもない。  コーヒーのいい香りが店内に充満する。それに釣られて店へ入ってくるお客さんが増える。注文が入り、いくらか動けばいつの間にか店内はたくさんの人で賑わっていた。  次々と注文が入り、忙しすぎて他のことを考える余裕が無くなった。その時が、僕にとってどれほど貴重な時間であるか。  懸命に働けば、仕事が落ち着くまでは早いもので、気がづけば店の閉店時間。帰り道は疲れが襲うのと同時に、自己嫌悪も最高潮になる。仕事をしている間楽だったことが嘘だったように、憂鬱が訪れる。  今にも闇夜に溶けてしまいそうなほど胸が汚れ、生きている実感を失う。  僕はなんのために生きているのだろうか。このままじゃ、高校に行っても死んでいるのとなんら変わりないのではないかと思った。 「はぁ」  ため息はヒッピーな街に吸い込まれる。  卒業式の時に見た亜子と練二。彼らも僕と同じ高校に合格し、晴れて高校生になる。そんな彼らの卒業式はとても楽しく悲しいものに見えた。  亜子が友達と涙を流しながら友達と会話する様子を思い出す。元々友達の少なかった亜子は中学校になって、明るく元気な美少女という立ち位置を確保した。僕が彼女の命を危険に晒した時、僕は恐ろしいほどの陰口をたたかれた。  もちろん、陽路と智子も危険な目に遭わせてしまったので、距離を置かれてしまった。  練二は愛想の良さと面白い性格が異性問わずに好評である。そのため、たくさんの人に囲まれてワイワイしていた。  僕はこの2人が羨ましかった。ずっと1人だっから。でも、2人のようになるのは、もう無理だ。だから、この2人を見るたびに自分が嫌になる。自分を見失うというか、足を引きずられるというか。気後れしてしまうのだ。  バイトからの帰り道を歩いていると、制服を着た女子が前方から走って来ていた。こんな夜中なのにどうしたのだろうと思ったが、今の僕には話しかける勇気なんてなかった。  街灯の明かりに照らされ、彼女の顔が見えた瞬間――僕は彼女に恋をした。
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