潜入捜査官 小暮翔人

10/16
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ
ガクン、と体勢が崩れた衝撃で、翔人は意識を取り戻した。幸いなことに前を行き来する通行人の誰も、彼が居眠りをしていたことなど気づいていない様子だった。大型ショッピングモールの地下一階、人気店が軒を連ねる通路のど真ん中に陣取ったというのに、『安らぎの森』の説明ブースに足を止める客はまばらだった。翔人はまた、あくびを噛み殺す。暫くぼんやりと中空を眺めていると、いつの間にか視界の端を何かが遮っていた。そちらを見ると、老夫婦が『安らぎの森』のポスターを眺めていた。客だ、と気づいた翔人はすぐさま姿勢を正して営業スマイルを作り、声をかけた。 「うちには敷地内に豊かな森がありまして、都会の喧騒を離れてゆっくりお過ごしいただけるんですよ」 老婦人のほうが翔人と眼をあわせた。 「私達、足が不自由なんですけれど、大丈夫でしょうか?」 確かに二人とも杖を手にしていた。翔人は笑顔のままゆっくり頷く。 「もちろんです。『安らぎの森』ではAIが常に利用者の皆様のご様子に目を配っています。入浴やトイレも、AIが自動的にサポートさせていただきます。このパソコンでお試しができるので、体験してみてください」 説明しつつ、右手でパソコンを操作し、左手で老夫婦に椅子を勧めた。スピーカーからハナちゃんの声が流れる。まるで人間のアナウンサーのような滑らかな語り口だ。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!