潜入捜査官 小暮翔人

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翌朝、10時5分前。翔人は通い慣れた個人資産部情報室のドアを開けた。入口の正面の席に座る大田室長のもとへ大股で向かう。 「お疲れ様っす」 室長はチラリと翔人の顔をみると、 「おお。セクシーキャッツの潜入捜査、ご苦労だったな」 と言いながら、机の引き出しをガサガサと漁りだした。なんだその態度。フリだとしても、もうちょっと労えよ、と翔人は舌打ちしそうなのをこらえた。 「あった、これだ、これ。早速で悪いんだが、次はここの潜入捜査を頼む」 室長が毛むくじゃらな腕で差し出したのは、光沢のある丈夫な紙でできた冊子だった。表紙には木々に囲まれた建物の写真があしらわれ、「介護老人施設 安らぎの森」と書かれていた。 「介護老人施設……」 渡されたパンフレットを手に取り、パラパラと中を見る。明るく新しそうな施設の写真が続き、どのページにも高齢者の笑顔が連なっていた。翔人はうんざりして冊子を閉じた。これなら、前に潜入した風俗店やぼったくり居酒屋のほうが余程マシだ。 「よさそうなところだろ? 都会の喧騒を離れて、自然を感じながら余生を送れるんだとさ。なんでも最近人気上昇中で、空室待ちが何人もいるんだとよ」 「なんだよ、てめぇが入るための下見かよ」 大田室長はワイシャツの上からでもわかる筋肉質な腕を組み直した。 「お前な、俺をいくつだと思ってるんだよ。こういう施設はな、定年後の第二の人生も楽しみ尽くして、あとは死ぬのを待つだけの老人が最後を満喫するための場所なんだよ。最近は身寄りのない年寄りも多いからな。こういうところで知り合った誰かに囲まれて天国へ旅立つんだとよ」 「いいじゃねえか。それのどこが問題なんだよ」
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