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笑顔にもどった桜子は、太陽の光でキラキラと輝く伊勢湾の青い海を希望に満ちたまなざしで見つめ、
(柳一さん、いま会いに行きますね!)
と、心の中でつぶやいた。
柳一とは、親同士が決めた桜子の許嫁である。彼は東京に住んでいるが、去年のちょうど今ごろ、この四日市の港町に二週間ほど滞在していたことがあって、桜子はその時に初めて自分の未来の夫と出会った。
しかし、二人は一度も言葉をかわしてはいない。
桜子より三つ年上のその少年は、だれもそばに近寄せないような、人と関わるのを拒絶する冷たい雰囲気をただよわせていた。
まだ十一歳にもなっていなかった桜子は、柳一のことが恐くて、話しかけることができなかったのである。
(でも、不思議と心ひかれる人だった。昔のわたしと似ているから……かな?)
桜子は、九歳の時に言葉では言い表せられないほど悲しいできごとがあり、固く心を閉ざしていた時期がある。
あのころは、だれとも仲良くしたくなかったし、何を信じていいのかわからなかった。柳一は、昔の桜子とよく似ていたのだ。
柳一がなぜ桜子の町に滞在していたのか桜子は知らない。彼は毎日何をするわけでもなく、朝から夕方までずっと海岸にいて、ただぼんやりとしていた。
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