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話しかけるのは恐いけれど自分の婚約者がどんな人なのか気になって仕方がなかった桜子は、少し離れた場所から木に隠れて、柳一のことをじっと観察していたのである。
押し寄せる波で足がぬれることも気にせず、柳一は青い海だけを見つめ続けていた。背中から孤独と哀愁をただよわせて……。
「この海の青に溶けこんで、消えてしまえたらいいのに」
何度か、柳一はそんなひとりごとを言った。ポツリとつぶやいたのではなく、波の音に負けないぐらいの大きな声でハッキリと、まるで心からそう願うように彼は「消えたい」と口にしたのだ。
痛々しいまでに悲しいその言葉は、離れた場所にいる桜子の耳にも届いた。
(この人をこんなにも悲しませとるのは、いったい何なんやろう?)
ぎゅっ……と胸がしめつけられたように苦しくなり、彼の力になれないだろうかと思った桜子は勇気を出して声をかけてみようと、一歩、二歩とおそるおそる柳一に近寄った。
「だれだ」
後ろから近づく気配に気づいた柳一は、ビクッと肩をふるわせて振り返る。
目と目が合った。
とても冷たいまなざし。
他人を遠ざけようとする険しい顔。
でも、息を飲むほど美しく整った顔立ち。
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