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だれも近寄るな、とその黒々とした瞳は訴えていた。けれど、その涙にぬれた瞳は弱々しくゆれていて、一人はさびしくてたまらないと彼は心の奥底では思っているのだと桜子にはわかった。自分も、昔はあんな目をしていたから。
「…………」
時が止まったかのように、桜子と柳一はその場に立ちつくして見つめ合う。
ざざぁ、ざざぁ……と潮騒の音だけが、世界の時間が止まってはいないことを教えてくれる。
自分の心臓が波打つ音と潮騒の音の区別がつかないほど、桜子はドキドキしていた。
桜子の恋は、押し寄せる波のように突然やって来て、その小さな胸をいっぱいに満たしたのである。
目の前で困惑ぎみに自分を見つめる美しい少年の孤独の影を何とか取りはらって、彼の笑顔が見たいと心から思った。悲しみに満ちた顔よりも、明るく笑っている顔のほうが、彼は何倍も素敵にちがいないと感じたからだ。
「あ、あの……」
桜子は何か言おうと思ってそうつぶやいた。
しかし、柳一は桜子に声をかけられると、ハッとなって顔をそらし、逃げるように海岸から立ち去ってしまったのである。
一人取り残された桜子は、潮騒の音に耳をすませながら、まだドクンドクンと高鳴る胸をそっとおさえ、柳一が眺めていた海を見つめた。
(海に溶けこんで消えたいなんて……なんでそんな悲しいことを柳一さんは言ったんやろう? どうしたら、あの人は笑ってくれるんやろう……?)
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