1 潮騒は初恋のメロディー

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1 潮騒は初恋のメロディー

 今から百年ほど前の大正時代。  ここは、冬が去って間もない海辺の町。  その日、春の温かな日差しを浴びたユリカモメたちは、ギィー、ギィーと鳴きながら、生き生きと青空を飛んでいた。  冬鳥である彼らを見られるのも、あと少しの間だけだ。半月もしたら、日本から旅立つだろう。  そして、この海辺の町には、カモメたちよりも一足早く旅立とうとしている、とても小柄(こがら)な女の子がいた。  その女の子の名前は、朧月夜(おぼろづくよ)桜子(さくらこ)。この物語の主人公である。  たくさんの船が出入りする四日市(よっかいち)の港には、東京へ旅立つ桜子を見送るために、桜子の家族と尋常(じんじょう)小学校(昔の小学校)の先生や友達など三十人近い人たちが集まっていた。 「朧月夜桜子さん。尋常小学校を卒業したことをここに(しょう)します。卒業おめでとう!」  立派なヒゲを生やした少し太りぎみの校長先生が、えへん、えへんとせきごみながら重々しい口調でそう言い、桜子に卒業証書(そつぎょうしょうしょ)を手渡すと、見送りのために集まったみんなはいっせいにパチパチと盛大(せいだい)拍手(はくしゅ)をしてくれた。     
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