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さすがに夜になったら山から出られなくなると思い、さっさと家に戻ろうとした時、後ろで何かが動く音がした。猪か熊か何か怖い動物が出たのかとビクリと肩を震わせ、振り向いた。
「…え?」
思わぬ姿に、僕は固まった。
そこには、腰まで流れる金の髪を揺らし、真っ白な肌、大きな金の瞳を持つ整った少し甘めの顔に、狐を思わせる獣耳が頭に二つ、浴衣の後ろにはフサフサとした尻尾のようなものが生えた『青年』が立っていた。
日記で読んだ『スイ』を少し大人にしたような姿だった。
青年の腕の中には、一杯の白い小さな花が摘まれていた。
僕が動けずにいると、青年が鼻を鳴らし、不思議そうにしながら近づいてきた。
「…しょういちじゃないのに、どうしてしょういちの匂いがするの?」
大きな双眼が、僕の顔を覗き混む。
金の中にある黒目は縦に伸びており、人間ではあり得ない形をしている。
「しょういちに似てるね。何でだろう。ねえ、しょういちがどこにいるか知ってる?」
これは、誰だ。
「しょういちが来てくれないんだ。しょういちに見て欲しくて、いっぱい花を取ってきてるのに…」
青年の頭の上にある耳が、シュンと垂れ下がる。
あまりのことに、僕の手は震え、手から祖父の日記と鍵が小屋の中に落ちた。
それに気づいた青年は、目を見開いた。
「…しょういちの…鍵だ。なんで、キミが持ってるの?」
とうとう僕は立っていられなくなり、ドサッと腰を抜かした。
ぶるぶると震えながら、どうしても確かめたくて、ただ一言。
青年に問いかけた。
「……貴方は…誰、ですか…?」
青年が首を傾げる。
「ボク?…スイだよ。しょういちが付けてくれたんだ」
鍵はもう壊れている。
彼はもう自由に動ける。
なのに、どうして、ここに居るのだ。
僕の背筋をゾクリと震えが走った。
落ちた日記をグシャッと握りしめた。
日記に書かれなかった空白の50年。
それが、祖父が亡くなっても『スイ』をここに縛り付けているのか。
それとも、本当に二人は愛し合ったのか。
その日、
僕は祖父の『遺品』を見つけた。
END
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