祖父の遺品

23/23
前へ
/23ページ
次へ
 さすがに夜になったら山から出られなくなると思い、さっさと家に戻ろうとした時、後ろで何かが動く音がした。猪か熊か何か怖い動物が出たのかとビクリと肩を震わせ、振り向いた。 「…え?」 思わぬ姿に、僕は固まった。  そこには、腰まで流れる金の髪を揺らし、真っ白な肌、大きな金の瞳を持つ整った少し甘めの顔に、狐を思わせる獣耳が頭に二つ、浴衣の後ろにはフサフサとした尻尾のようなものが生えた『青年』が立っていた。 日記で読んだ『スイ』を少し大人にしたような姿だった。 青年の腕の中には、一杯の白い小さな花が摘まれていた。 僕が動けずにいると、青年が鼻を鳴らし、不思議そうにしながら近づいてきた。 「…しょういちじゃないのに、どうしてしょういちの匂いがするの?」 大きな双眼が、僕の顔を覗き混む。 金の中にある黒目は縦に伸びており、人間ではあり得ない形をしている。 「しょういちに似てるね。何でだろう。ねえ、しょういちがどこにいるか知ってる?」 これは、誰だ。 「しょういちが来てくれないんだ。しょういちに見て欲しくて、いっぱい花を取ってきてるのに…」 青年の頭の上にある耳が、シュンと垂れ下がる。 あまりのことに、僕の手は震え、手から祖父の日記と鍵が小屋の中に落ちた。 それに気づいた青年は、目を見開いた。 「…しょういちの…鍵だ。なんで、キミが持ってるの?」 とうとう僕は立っていられなくなり、ドサッと腰を抜かした。 ぶるぶると震えながら、どうしても確かめたくて、ただ一言。 青年に問いかけた。 「……貴方は…誰、ですか…?」 青年が首を傾げる。 「ボク?…スイだよ。しょういちが付けてくれたんだ」 鍵はもう壊れている。 彼はもう自由に動ける。 なのに、どうして、ここに居るのだ。 僕の背筋をゾクリと震えが走った。 落ちた日記をグシャッと握りしめた。 日記に書かれなかった空白の50年。 それが、祖父が亡くなっても『スイ』をここに縛り付けているのか。 それとも、本当に二人は愛し合ったのか。 その日、 僕は祖父の『遺品』を見つけた。 END
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

69人が本棚に入れています
本棚に追加