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「しっかり、眼に焼き付けないとな」
俊一の呟きに、はっと気づいて、携帯電話をかまえる。
もちろん、眼で焼き付けもするけれど、だから気づいてしまう。
(……どこか、違う。足りない)
自分の眼と、液晶の中の世界。
ぜんぜん違うんだって、わかっては、いるのに。
「ほら、これ使えよ」
悔しがる俺に、俊一の声がかかる。
差し出されたのは、黒くてずっしりとした、憧れのもの。
「これ、父さんのカメラ?」
「俺も共犯だからな」
手渡された重みを感じながら、俺は、かなわないなと感じた。
「いい写真、撮れよ?」
同時に――俺のことをちゃんと見て、来てくれたことが、嬉しかった。
「……ありがとう、俊一」
カメラのシャッターを押す俺に、俊一は、静かに続けた。
「でも、いい景色だけど。女の子を誘うには、危ない景色だ」
「……そう、だね」
反省する俺の言葉に、「もちろん、俺達にとってもね」、と俊一は笑う。
下を向きながら、俺は、自分に対して驚いていた。
(……忘れてた。なんのために、来たのか)
彼女へ見せるために、ここへ来た。
なのに俺は、すっかりそれを、忘れていた。
――闇から光に照らされる、雪景色。
――去年の景色と、彼女の笑顔は、もうすっかり頭になくて。
――心が透き通るような、今の美しさに、眼も心も惹きつけられていた。
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