言わぬが花だがいずれ散る

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まだ、言えなかった。 同じ大学に入りたいから勉強を頑張っているなんて、恥ずかしくて言えなかった。それを伝えて、万が一落ちたときのことを考えたら、怖くて言えなかった。 去年の夏、夏美が遠くの大学を受けようとしていることを知った時、不安で仕方なかった。でも、会えなくなるのが嫌だなんて、恥ずかしくて言えなかった。だから同じ大学に行けるように勉強を頑張り始めたなんて、言えるはずもなかった。 去年の冬、センター試験の前日に熱を出したと聞いたとき。センター試験の結果が、プレテストよりも悪かったと聞いたとき。その点数では、第一志望の大学の受験は難しいと聞いたとき。そして、家から通える大学を受けると聞いたとき。 少し安心してしまったなんて、絶対に、言えるはずも無かった。 俺の点数なら、夏美が行きたかった大学を受験できること。ほんとうは、知っていた。 夏美が乗ってきた車に煙草の匂いがしたとき、いないはずの夏美の恋人の姿が脳に浮かんだ。煙草を吸う、俺よりもかっこいい、俺の知らない男の姿が浮かんで、不安を感じたなんて、恥ずかしくて言えるはずも無かった。 夏美が好きだ。なんて、今は言えなかった。 部屋に戻った俺は、窓の外を眺めた。 (……雪、まだ降ってる) 雪はいつか止む。花はいずれ咲く。 俺は言えるだろうか。ちゃんと、言えるだろうか。 この気持ちを。
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