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いきなり瞳に水を滲ませて床に崩れ落ちる博士をみても、それがなんという現象か理解できなかった。
私達は顔を見合わせる。皆が心配しているのがひと目で分かる。
「お体の具合が悪いのですか? あなたの設計された『ゆりかご』は完成しています。一度中へ入られたらいかがでしょうか」
私達の中で一番年を取っていて、何でも経験している男が前に進み出ると彼女を背中をさすった。
彼女は動揺していて、会話も上手く出来ないようだったが、男の手を振り払い、私達から距離を置くように後ずさると頭を振り続ける。
水のクッション製の温かい床の上で、自分の体を抱きしめ、歯をカチカチと鳴らしながら、しばらく座り込んでしまった。
どうすればよいのか、誰も分からない様子だった。
こんな風になっている人間を見たことは誰もないのだ。
私はでしゃばってはいけない、と思ったが、体は自然と周りの者をかき分けて博士の元へ向かう。
「博士……」
「ゆりかごには入りません」
声をかけるが拒絶されてしまう。さらに距離が広がる。
彼女は張り付くように壁にぴったりと背をつけていて、どうしたものか。
明らかに体調が悪いようだけど、無理強いはしたくない。
もう一度じっくりと彼女を見る。
動揺による脈拍・心拍数の上昇は見られるが、ソレ以外の、コールドスリープから目覚めた弊害というものはなさそうだ。
筋力が落ちているのが少し問題だが。
「あの、ゆりかごには入らなくてもいいです。まずは温かい物でも飲みませんか」
一メートルほど離れた位置からそっと言ってみる。
博士は私の声に反応して、じっと私を見ると声を落とす。
「……まだ小さいのに」
確かに、まだ身長は伸び切っていない。博士は見ただけでそんなことが分かるのか。
「はい、まだ成長しきってません。でもそのうち大きくなりますよ。博士は凄いですね」
「見ただけで成長が分かるんですか?」
「え? そういうことじゃ……」
「……何か失礼なことを言いましたか」
「いいえ。何も言ってないわ。そんな顔しないで」
そんな顔、とはどんな顔なんだ。
笑いはじめた博士を見て、まあいいか、と思うと気を取り直し私は言った。
「お茶をいかがですか」
「いただくわ」
私の差し伸べた手をとって、博士は立ち上がる。
彼女の手はとても温かかった。
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