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殺す、という単語にギョッとする。
そんな汚い単語が博士の口から出るなんて。
私は聞いて良いものか迷ったが、なんともない顔をしてこちらを見ている博士がいたので、どうとでもなれと続きを促す。
「……人魚は王子を殺したの?」
「いいえ。殺さなかった。愛する人を殺すぐらいなら海の泡になることを選んだ」
歌うように彼女は語る。
海の泡になった人魚。
愛することは分かち合うことだ。
お互いを尊重し、完璧に理解し合うことだ。
それなのに……。
「王子は酷い人ですね」
「素直ね、あなたは。顔にすぐ出る」
私は自分の顔を触ってみるが、よくわからなかった。
「この話には続きがあるのだけど、それはまた別の日にしましょう。もう遅いわ」
いつもの眠る時間を過ぎてしまっている。
「また話してくれる?」
「いいわよ。その代わりお願いがあるの」
「お願い? 何?」
私が聞けるようなものだといいけど。
「私のことはイヴと呼んで。名前で呼ばれないのは寂しいわ」
寂しい、という博士の顔を見ると頭の中をピリッとした感覚が走る。
一瞬で消えてしまったその感覚に少し驚いたが博士と話すことを優先した。
「私達は名前を呼ぶ習慣がないけど、博士がそう言うなら」
「ええ。ありがとう。呼ばれないと、自分の名前を忘れてしまいそう、なんておかしいわね。」
「さあもう寝ましょう。おやすみなさい」
パネルを操作してイヴが光を消す。
「おやすみ、イヴ」
その日の夜は、生まれて初めて眠ることに時間を要した。
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