ERROr

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「あなたはまだ小さいのに偉いわね」  このフレーズはよく使われる。  私は確かに、まだ百五十センチ程しかないのだけど。  そのうち大きくなるだろう。ぴったり一七五センチに。  ある日、講義から帰ってきたイヴは唐突に言った。 「名前をつけてあげる。あなたはアダム」  名前という記号は現在、使われていない。そんなものがなくても情報を共有し、お互いを認識できるからだ。 「嫌じゃなかったら、なんだけど……」 「アダム。嫌じゃない」  私は音を出さずに何度か口を動かす。『アダム』という名前を受け取った。  他の仲間の前で新しい名前、『アダム』とささやくように呼ばれる度、今までにない喜びを感じていた。  ただの記号、と思っていたものがこんなにも世界を変えるなんて。  彼女と時間を共有して、彼女のことを考えれば考えるほど脳細胞の普段は全く使われていないはずの領域が活発になるのを感じたが、『ゆりかご』には戻る気になれなかった。  もしかしたら、エラーかもしれない。でも、戻りたくなかった。  優しいリセットに身を委ねることは彼女を失うことになるかもしれない。  何か重いものが私の胸の中にいすわっている。  そしてそれは時折、酷く荒々しく暴れた。  これを感情とするのであれば、私はそんなものを知らない。 「意識は、感情は本来無限に広がっては収束していく。そういう物なの。大脳神経ニューロンと宇宙の形はとても似ているのよ」  イヴの講義を聞きながら思う。  意識。脳の領域。    つまるところ、私は恐らく、エラーを起こしている。
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