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揺らめく虹彩、広がる蜘蛛の巣、漏れ出すおびただしい命のアムリタ。
手からにじみ出る血と、触れる度にとけていく肉と骨と。
『ゆりかご』にもたれ掛かると、ずるずると重力にしたがって体が床へ落ちていく。
虹が消えて、耳をつんざくような甲高いサイレンの悲鳴、点滅する赤の世界が辺りをつつんでいく。
「なるほど。これが地獄か」
私の体から流れる赤い液体と、割れた『ゆりかご』から流れる大量の緑色の液体が交じり合う。
どんどん水かさが増している。水が、命が、迫ってくる。
使い物にならない腕で、何とかイヴの体を抱き寄せた。
私は怖かった。子供に戻ってしまったように。
足を腰を胴体を腕を首を顔を飲み込んで行く。
溺死。教科書でしか見たことのない単語だ。
大昔は水責め、という人の口を無理やり開いて、ひたすら水を飲ませては吐かせる、という野蛮な拷問があったという。
どうやら、とても苦しいらしい。
死にかけた私の中を『ゆりかご』の羊水が満たしていく。
体が内側から溶けていく。
肺に水が侵入する。息が出来ない。頭を振る、苦しい。無意識に手を頭上へ伸ばしている。
酸素を求めて口を開くと、即座に液体に満たされて、ゴボゴボという嫌な音と共に気泡がはじけて消えた。
ああ、今、与えられる全ての苦しみごと、痛みごと、彼女を。
――あいしてる。
『私も愛してるよ』
どこかから彼女の声が聞こえた気がした。
何もかもが溶けて水に返っていく。
『限りある時間をどうか、恐れないで。』
『生きることを、『たましい』を放棄しないで』
『眠る、ことは、優しいよ』
『ずっと一緒にいる、こわくないよ』
さあ、
おやすみなさい。
世界は急速に暗転して、私の意識はぶつん、と途絶えた。
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