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痛覚も、悲しみや苦しみや憎しみや妬みといった様々なマイナスと呼ばれる感情を持たずに生まれてきた私達はウォーカロイドと呼ばれる。
人は人のきれいな部分だけを集めて新しく生まれることにしたらしい。
この海中都市も、ある美しいおとぎ話を元に設計されたというのだから、なんだか不思議な気分になってしまう。
「ライブラリでおとぎ話、とやらは見つかるだろうか」
膨大な数を誇る電子書籍は、ピンポイントで欲しい情報を引き出す時は有り難いのだが、ふんわりとした検索をかけると途端に凄まじい数がヒットするから使い所が難しい。
そこから目的の物を絞っていく労力を考えると、まあ由来は知らなくてもいいかな、と思ってしまう。
都市に関する情報は正直、あまり残っていないのか、誰も興味がないのか、あるいはその両方かであやふやになっている。
真面目に調べる学者も中心部に行けばいるのだろうが。
かつて人は傷つき、嘆き、死を迎えることが出来たという。
かつて人は一度きりしか生を受けることが出来なかったという。
とうの昔に失われた、というより捨て去った機能。
永遠に続く幸せを約束された私達の世界。
幸せの基準は跳ね上がったのだ、ということは予測できる。
だが……当たり前の物は有り難みが薄れてくる。
私たちに今できることと言えば、痛みはないが、目に止まる傷がつけば『ゆりかご』の中へ戻り、人工羊水に揺られ眠ること。
起きる頃に傷はすっかり治っている、傷がつくことなんて滅多にないけれど。
肉体の細胞は時が経つにつれて古くなっていく。
見た目は変わらないが、体内の時計は進んでいくようだ。
本来の時計は1周回って2周回って……規則正しく刻んでは戻る。
実際には刻んでも戻ってもいないのかもしれない。
アナログもデジタルも時計と名のつく物はいっそのこと全部捨ててしまっても構わないとも思う。
体の寿命すらリセットできるのだから。
体の寿命が来ると、意識は一度『ゆりかご』に転送され、新たに肉体の復活を待つ。
『ゆりかご』は肉体をドロドロに溶かして、新しい肉体を生成してくれる。
そして再生の時を迎え、この世に再び生を受ける。
ただいま、とおかえり、を愛すべき隣人たちと分かちあう。
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