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暗い雪空の下、信号機の下に立つ彼は天を仰いでいるのだった。教室でのあの姿と同じく、斜め上あたりの方向を見つめて、白い息を吐き出している。何が見えるのだろう。おそらく、なにか素敵なものが。わたしには見えないけれども、聖なるなにかが。彼には見えているはずだった。
わたしは、この夜のこの瞬間を、わたしの胸の中で大切にしようと誓った。遠くにいる彼のその姿に、美しい輝きを見た。賢治の記した雪の日の、幻灯のようにほの明るく素晴らしい。
青に変わった信号機に、スピーカーから響く鳥の声が重なる。車のライトと街灯に照らされた雪がきらきらと光る。傘、差さなくっていいんだろうか。いつの間にかどんどんと近づいてくる姿が信じられない。彼は、今どんな顔をしているんだろうか。
すれ違いざま、信じられないけれども、たしかに彼はこちらを見て小さく会釈をしていった。ほとんど反射的にわたしも同じように返したと思う。信号が再び変わって、車が動きだす。振り返ることはできない。おそらく彼ももうこちらを見ていない。
わたしは胸が震える。こういう感覚を、恋しいと表現するのだろうか。思わず立ち止まり斜め上の方を覗く。幸せの方。なんとなくそういう風に思える。仰いだ向こうには、しんしんと天からの結晶が降り注いでいた。(了)
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