天を仰ぐひと

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 下り坂の終わり、四角の交差点までくると、わずかながら人の気配が戻って来る。一本目の歩道を渡りきると、左折していった車の運転席に四限の時の先生らしき人影をたしかに見た気がして、大人はいいなぁとなんとはなしに羨ましい気持ちになる。このペースだとバスを待つか、タクシーでも拾った方が早かったかもしれないと少し後悔を抱き始めた頃、またちらちらと雪が姿を現した。  はじめはちらちらと、細かめの雪が。そのうちにはらはらと、大ぶりの雪が空の彼方から無数に降ってくる。慌てて傘を広げるも、風に煽られた結晶が、わたしの肩や腕や頬にもはりつかんとやってくる。肌に触れたものは、液体へと変わり、冷たいそれはわたしの体温や気力を奪っていく。お腹も空いたし、わびしい気分だ。まるでマッチ売りにでもなったかのように、思わず死でも覚悟したくなる。  信号に足止めもくらい打ちひしがれる思いだったが、ふと向こう岸に思ってもいなかった人の姿を認めて、はっとした。習慣で目を背けそうになるのを諌めて、その影に集中する。Sくんだ。  こんな時分になにをしているんだろうか。彼は同じ四限の授業を受けた後に、レスポンスシートを提出してから、いつものように消えていった。もちろん、わたしと彼が言葉を交わすことはない。わたしがやってきた方向には学校しかないのだから、ひょっとするとこれからサークル棟にでも行くのかもしれない。  もちろん、彼がわたしのことを認識しているはずはない、──正確に言うならば、「おそらくそのはずはない」。わたしは彼のことを知らないが、彼の知らない彼についてよく知っている。なにしろ、正面からの姿を見るのは久しぶりのことだったので、わたしは途端にどぎまぎした。変なところはないだろうか、もしかすると鼻が赤くなっているかもしれないし、前髪が乱れているかもしれないが、下手に触りだすと人目を意識しているのが丸わかりのようで、恥ずかしい。仕方がない、開きなおろう。傘を持ち直し、それに隠れるようにして彼を盗み見る。ええい、ままよ。
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