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1人の少女が夜道を歩いている。
背後からの目線に気付かずに。
すっかり日も沈んだ午後8時、街灯もまばらな住宅街に彼女以外の人影はなく、その足音だけが小さく聞こえる。
そのはずだった。
突然、少女は立ち止まった。
少女が後ろを振り向くと、蛍光灯に照らされて、男が1人立っている。うつろな目で少女を見つめていた。
「うう……」
男はわずかな呻き声を上げる。くぐもった、低い、絞り出すような声。
一歩、男が少女へ近づく。
男は少女に飛び掛かった。
人間ではありえない跳躍力。2m以上を一跳びにし、弾丸のような速度で少女に迫った。
「ごぶろろぉぉっ」
襲い来る男の口が大きく開き、醜い嘔吐の音と共に何かが飛び出してくる。
それは、触手。
赤黒い、肉の色をした、怪しげな光沢に濡れ、柔らかにうごめく異形の肉。
触手は男の口から、男の体積すらゆうに越えるほどの量が伸び、その全てが少女を狙い狂ったようにうねった。
だが、少女は笑った。
「ようやく来たな」
そう呟いた次の瞬間。
少女の背、バリバリと何かを引き裂く音と共に制服を破って飛び出す。
少女の背から伸びたそれもまた、触手。やはり少女の小さな体とは比較できないほどの大量の触手が、一瞬にして伸びてきた。
「フッ!」
少女は掛け声をあげ腰を落とし構え、迫る男及びその触手へと自らの触手を伸ばす。跳躍の勢いのまま襲い来る男、その口から伸びるおどろおどろしい肉の塊を、少女は自らの背から延ばした同じもので受け止めた。
触手と触手が絡み合う。そのなまめかしい見た目とは裏腹に、触手が持つ筋力によって、中空の男が持ち上げられる格好になった。
「このォッ!」
少女が叫び、全身を勢いよく内側へ巻き込むように傾ける。それに合わせて背の触手は筋力を維持したままブンと音を立て、持ち上げていた男をアスファルトへと叩きつけた。
口から触手をでろんと出しつつ倒れ伏す男を、少女は睨みつける。
「教えてもらうぞ、お前らが俺に、俺たちに……この、姉さんにしたことを!」
少女の瞳には果てしない憎悪と、悲哀が込められていた。
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