16人が本棚に入れています
本棚に追加
2話 黒川麗
その日の朝も、彼女はいつものように通学路を歩いていた。
K県K市立八木沼高校1年、田岡つばさ。この春入学したばかりの、これといって特筆すべきものもない女子高生。妹から貰ったピンクのヘアゴムがお気に入りでいつもそれで髪を結んでいる、明るく前向きな性格、テニス部所属……それくらい。
「おはよ、つばさ」
「あっ、おはようマサ」
信号待ちのところで友人の吉野真咲と合流する。真咲はショートカットのバスケ女子、つばさとは中学時代からの友人だ。
つばさと真咲は並んで歩き、他愛もない話をしながら学校への道を進んでいく。住宅街を少し抜け、各種の店舗が目立ち始める街の辺りに来ると、同様に八木沼高校へと登校する生徒の姿が増えてきた。
そしてその中に1人の女生徒の後姿を見つけ、つばさは目を輝かせた。
「せんぱーい!」
思わず真咲を置き去りにして駆け出す。その声に気付き、先輩と呼ばれた女生徒も振り返る。
切れ長の凛々しい瞳、端正な顔立ち。綺麗な黒髪を短めのポニーテールでまとめ、セーラー服がよく似合っている。
名前は黒川麗。八木沼高校テニス部のエースであり、つばさはこの麗に憧れてテニス部に入部したのだ。
麗はつばさのことを見ると、穏やかに微笑んだ。
「ああ、たしか1年の……田岡さんだっけ」
「はいっ!」
麗が名前を憶えていてくれたことにつばさは一層喜んだ。
「おはよう、朝から元気ね。体験入部の時以来かな」
「そうです! あっ、おはようございます!」
挨拶を忘れていたつばさは慌てて頭を下げる、麗は温かい目でそれを見ていた。
「ちょっとつばさ、いきなり走り出さないでよね。おはようございます、黒川先輩」
置いてかれた真咲が合流し麗に会釈する。おはよう、と麗も爽やかに応じた。
「あなたは田岡さんのお友達? 私のこと知ってるんだね」
「そりゃあ有名人ですもん、テニスの県大会1位で、成績も校内トップクラス。中学時代から噂が流れてましたよ?」
「そうなんだ、ちょっと照れるね」
麗ははにかみながら笑う。美人はそんな仕草ひとつでも違う、とつばさは感心していた。
「おっと、立ち止まってたんじゃ遅刻しちゃうね。いっしょに行こうか」
「はいっ!」
憧れの先輩と並んで歩けるなんて、今日は朝からいい日になりそう、と、つばさの足取りは弾むのだった。
最初のコメントを投稿しよう!