2.ピンクチラシパンサー

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2.ピンクチラシパンサー

 スギヤマはおもむろに名刺を取り出した。 朝倉さんにだけ渡せばいいものを気を効かせて私にも寄越した。 「ピンクチラシ収集家 杉山秀明さんね」 「人呼んで、ピンクチラシパンサーでございます」 そう言うとピンセットを懐から取り出してみせて、カチカチと目の前で鳴らした。 「ヤダー! お洒落泥棒!」 某オネェが如く意味不明なワードと仕草で朝倉さんは私以外の爆笑をかっさらった。 「今日は熟女系のピンクチラシを採集しようと思いましてね、ちょっと錦糸町まで」 「えー! アレってまだあるんですか? 懐かしい!」 「いやはや」 そう言うと杉山はトレードマークのピンクメガネをピンセットで上げてみせた。 「すみません。お二人の会話を聞いていましたら、いてもたっても居られなくなりまして、是非とも混ぜて頂きたいと」 「もう、どうぞどうぞ」 そう言うと朝倉さんは私に身を寄せてきた。 ついに私は壁にもたれかかる背水の陣になった。 「声がいい女ってモテるのよ」 朝倉さんは小声で私に囁いてきた、その距離の近さに身を引いたのだが 「ドキッとした?」 と目を合わせて言い放ってきた。 ワンツーを顎に受け私はグロッキーになった。 「いやぁ、先ほどはナイスですよ!」 「どういたしまして」 胸に手を当て軽いお辞儀をする姿のなんと腹立たしいことか。 「エロスの妙技をふんだんに見せて頂きました。あの間の取り方は素人には出せませんよ」 「ええ、数々のおサルさんを生み出しましたから」 「いやぁ、プロの人にあったの初めてですよ」 「アタシも初めてです、収集家の方なんて」 きっと私は悪夢を見ているのだ。 でなきゃこんな会話が成立するはずが無いのだから。 ここは健全な居酒屋だったはずだ。 私はドロシー、赤い靴を履いて3回カカトを鳴らせばお家に戻れるの。 そうだ、そうに違いない! 少しウトウトし始めると 「あら、大丈夫? 具合悪い?」 と朝倉は立とうとした。 その時、脳に声が響く。 ーー寝たらお持ち帰りされる。 私は意識を持ち直し枝豆を注文した。 豆に集中するんだ、『八甲田山』でも豆を数えていた男は正気を保っていたではないか。 薄皮を剥いて中から濡れた豆が出てくる、一房につき3つか2つ。
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