(一)

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1989年1月8日のことは何も覚えていない。 それはわたしが5歳になろうとする一年の始まりだった。 世界は家と保育園でできていた。 震災の後にやってきた自粛ブームについて、「天皇崩御のときみたいだった」とヒロシは言っていたけれど、保育園ではヒロヒトが生きていたときも死んだ後も、なんにも変わらなかった。1966年生まれのヒロシは、そのときはもう大人だった。 その平成という時代がもうすぐ終わるのだという。 でも、アキヒトは死なない。 「アキコちゃんはどれが食べたい?」 スターバックスのレジ待ちの列でヒロシが聞く。ヒロシは大の甘党だ。スタバのケーキだったら、一人でふたつくらい、ぺろりと平らげてしまう。 「うーんと、この桜の塩漬けみたいのがのった、ロールケーキ」 「ふーん。アキコちゃんは、そういう女の子っぽいの好きだよね」 中身はオヤジなのにねえ、とヒロシは笑いながら注文してくれる。 「ホットコーヒーのショートをふたつと、さくらロールをひとつ」 さくらのロールケーキは、スタバの限定店舗にしかないらしい。ヒロシはそういうものに弱い。
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