(三)

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(三)

日がずいぶん長くなった。もうすぐ五時になるけれど、外は明るい。 「そろそろ呑みに行こうよー」と、ヒロシのそでをひっぱる。 「おや、エンジン切れですね」とヒロシはからかう。 平和に大学を卒業して、平和に派遣社員になった。大学の事務室に派遣されて、成績証明書をひたすら発行するのにも飽きたころ、3.11がやってきた。春休みだというのにキャンパスに残っていた学生を追い返す。テレビはつかない。ワンセグ機能の付いた職員の携帯電話で情報を集める。小さな画面に映る、渦。そこに巻き込まれていく、農家の軽トラたち。映画を見ているとしか思えなかった。上層部からは何にも指示がなかったから、揺れが来る度に外へ逃げ出しては、漫然と定時まで仕事をした。キャンパスから海はとても近い。もし津波が来ていたとしたら、絶対助からなかっただろう。 平成はもしかすると、あの日に終わっていたのかもしれない。 たくさんの人が死んだ。たいらかなる大地は、がれきのくずで埋まった。あたりまえにそこにあったはずの平和が、その日から先にはどこにも転がっていなかった。
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