(三)

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あの日。辻堂のキャンパスから鎌倉まで帰る道のりは、果てしなく遠かった。 いつもは電車で1時間弱。あの日は、バスしか動いていなかった。渋滞で、信号もすべて消えた道をじりじりと抜け、定時に出たはずが鎌倉駅の近くまでたどりついたのは22時に迫るころだった。 いつものコンビニが開いていた。みんな必死の形相で、カップラーメンを買い漁っていた。あたしは、安い赤ワインのボトルを一本だけ買った。 「ああ、お疲れ様でしたね」と、見慣れた眼鏡でぽっちゃりとした店員がにっこりと笑った。 アキコちゃんは、非常時でもお酒が優先なんだね。 その話をしたとき、ヒロシはお腹を抱えて笑った。2011年。東京の大きな会社に勤めていたはずのヒロシは、すべてを投げ出して鎌倉に越してきてた。年上の奥さんも、小学5年生の可愛い娘も。ヒロシは、ツイッターでフォローし合っただけの人だった。おじさんのくせに、アカウントはイチゴのイラストだった。
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