(三)

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ヒロシは今でも、奥さんのものだ。会社を辞めて、鎌倉にアトリエを構えたていを取っている。ときどき、源吉兆庵の鎌倉せんべいを買って、吉祥寺にある奥さんの家に帰る。娘の好物なんだそうだ。父親に似て、甘党なのだ。 ヒロシを奥さんから奪って、結婚しようなんていう気はそうそう起きない。口さみしいときに会って、甘い物を食べて、美味しい肴を食べて、セックスをすればそれで事足りてしまう。一緒に住んだら面倒くさいだけだろう。ヒロシが散らかしていった台所を片付けながら、いつもそう思う。 たいらかで窮屈な時代が終わろうとしている。ヒロシは生きているし、わたしもまだ、生きている。
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