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「彩、これ読んだ?」
「いいや、読んでない。ありがと」
背中から肩を越して、彩を抱きしめるように本を差し出した。実家に帰ると、過度なスキンシップを彩が嫌がるから、僕も色々考えた。少しでもいいから、触れていたいという男心だ。
「珈琲いる?」
「雅が飲むなら淹れてくれる?」
「うん。あ、親父もいる?」
「ああ、欲しい」
チョコレートの包み紙を広げたから口を開けたら、ヒョイッと放り込んでくれた。出来れば指で入れてくれたら、間違ったふりして舐めてしまえるのにと思いながら仕方なく珈琲を淹れた。彩は、ミルクだけだ。僕はブラックで、親父はなんだっけ? 適当でいいや。
「明日の墓参り、終わったら僕ら友達の家に行くつもりなんだ」
「なんだ、ゆっくりしていけよ」
「親父は、彼女とゆっくりしてたらいいよ」
えっ? と驚いたような顔で親父は僕達を交互に見た。
「親父もまだ若いんだし、お母さんが死んでだいぶ立つし、いるんでしょ?」
「そ、そんな、……いるけど。お前達がちゃんと成人するまでは――」
いつの時代の人間だよと、思うけれどそれが親父のけじめなのかも知れない。
「お母さん、親父が再婚したって、怒らないと思うけど」
「そうそう」
「……そうかな?」
恐る恐る訊ねる親父が少しだけ可愛かった。
「うん」
「なんだ? お前達、彼女でも出来たんだろ? そんなこと言うなんて」
彩と顔を見合わせて、ふふっと笑う。
「好きな人は出来た……」
「だから、親父も遠慮しないでいいよ」
僕達を眩しそうに見つめる親父には悪いけど、僕達はもう二人で生きていくって決めた。言うか言わないかは、まだ決めていない。家族にしたら、僕達が相思相愛っていうのは、キツいかもしれないって思うから。
もし言うことがあるとすれば、親父にも兄貴達にも家族が出来てからかなと思う。
彩はきっと、絶対に言いたくないというかと思っていた。恥ずかしがり屋さんだしね。でも、それは僕の杞憂だった。彩は、僕が愛されているなと思う以上に僕を愛してくれているようだった。
「言ってもいいよ」
実家に帰る前の日に、彩はそう言ってくれた。穏やかで、葛藤しているようには見えなかった。
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