プロローグ

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「よし、と」  伊原は本日四個目の故障品の修理を終え、きちんと動作するのを確認するとセンターに接続されている端末で修理工程、交換した部品などのデータ入力を行い、エアクッションで梱包して完了済みの棚に置いた。  一息ついて時計を見ると、午前十一時半。次の修理品に取り掛かっても昼をまたぐ可能性が高い。このまま先日上司に言われた業務改善の提案書でも書こうかと思いつつも、棚に並べられている修理待ちのラジカセに目がいった。  どっしりとした可動式スタンドの上に鎮座する、コンポかと見紛うほど大きな筐体。  バブル景気のころに作られた多種多様な機能を搭載するいわゆる「バブカセ」だ。  その後のミニコンポブームでこの種の高級CDラジカセはすっかり姿を消してしまったが、マニアの間ではまだ需要があるらしい。しかし、それもコレクションであるとかレストア、またその部品取りであったりするため、こうして修理に持ち込まれることは稀だ。  伊原は物珍しさから、そのラジカセを手にとり作業台に乗せた。コンポ・ラジカセ等の音響機器の修理担当は伊原を含めて三人いる。主力商品であるDVDレコーダーやデジタルオーディオプレイヤーの修理担当の半分以下の人数ではあるが、修理を終えた者から順に棚から次の修理品を持ち出すシステムになっているので、ぐずぐずしていたらあやうくこの貴重なラジカセの内部を見られないところだった。  添付されている修理伝票を見ると、「テープ回らず」と書いてある。よくある症状だ。たぶん駆動ベルトの劣化だろう。  作業に取り掛かろうと電動ドライバーに手を伸ばした瞬間、普段は症状のところしか見ない伊原の目に、依頼主の名前の欄に書き込まれた文字が飛び込んできた。  (まき) 圭一郎(けいいちろう) 「マキ……」  思わず声に出して呼んでしまった懐かしい名前に、記憶がまざまざと蘇る。  そういえばこのラジカセだった。  四畳ほどの狭い部屋の中で堂々とその存在感をアピールしていた。  ――あいつ、こんな骨董品まがいのラジカセまだ使ってやがったのか。
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