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結局は押し切られて、槇は西の部屋に戻った。西に促されるままソファに腰掛け、槇好みに甘めに作られた温かいカフェオレを飲んでやっと人心地着いた。
それまでずっと黙ったまま槇の様子を窺っていた西は、槇がほぅっと溜め息をつくのを待ち構えていたかのように話を切り出した。
「で、伊原と何があったん? 昨日、ウチに泊まったんも、もしかしてそれが原因?」
真剣な、それでいて心配そうに労わるまなざしで見つめられて、槇はそんな西に不誠実な嘘をつくことはできなかった。ぽつりぽつりと、伊原に病気のことを知られてしまったことや、寮にいては何かと不安だろう、と一緒に住み始めたことを語った。昨日は些細な事でケンカをして、つい飛び出してしまったのだ、と当たり障りのないよう理由を説明する。
「そうやったんや……」
西は、ただ一言そう言った。どう考えたって、不自然な部分や作為的に隠されている部分がある槇の言葉に、何か指摘することもなかった。もしかしたら、気づかれてしまったかもしれないと思ったが槇にはもう弁解のしようがない。
気まずい沈黙が少し続いた後、西の携帯が着信を知らせた。西は待っててと言う様に掌を槇のほうに向けると、ベランダに出ていった。そこで電話の相手と話をしているようだ。短いやりとりの後、室内に戻ると「ちょっとごめん、すぐ戻る」と言い残し、今度は玄関から外へ出て行ってしまった。
一人残された槇は、黙って帰るわけにも行かず心細く西の帰りを待った。ほんの五分ほどで戻ってきた西は両手に大きな紙袋を抱えていた。それを槇に「はい、これ」と差し出す。
不審に思いながら槇が紙袋の中をのぞくと見覚えのあるスーツが収まっていた。もう片方の紙袋にはワイシャツやパジャマ、下着がきちんと畳まれた状態で詰め込まれている。どちらも槇のものだ。
「な、んで……?」
「今、伊原、来てる」
槇ははっと、身体を強張らせた。この期に及んで、伊原と西に付き合いがあったということを思い出す。つい先日、サッカー部の同窓会があったと聞いたばかりではないか。二人がメールのやりとりをしていることくらい想像しておくべきだった。
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