第十章

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「伊原と、話してくる」 「ん、行っといで。俺の助けがいる時は、携帯鳴らしてくれたらすぐ飛んでいくし」  力なく微笑みを浮かべると、西も笑顔で頷いてくれた。本当に西にはいくら感謝してもしきれない。  玄関で靴を履き、ドアを開ける。外はいつの間に降り出したのか、雨がしとしとと地面を濡らしていた。 「槇ちゃんの傘、そこにあるよ」  言われて傘立てを見ると、木の節をそのまま利用した温かみのある柄の傘が目に入った。どこかで見たことがあるような、懐かしい感覚だが、槇の傘ではない。 「この傘……?」 「え? 槇ちゃんのじゃないの? 荷物と一緒に伊原から渡されたから、てっきり槇ちゃんのかと思ってたけど。まぁ、梅雨時やし、傘あったほうがええし、持ってきてくれたんかもな」  外に出て広げてみると、記憶が甦った。やはりあの時の傘だ。高専のクリスマス会で槇がプレゼントとして出した傘。なぜ、それを伊原が持っていたのだろう?  槇は不思議に思いながらも青地に白い雪の結晶が散らされた傘をさし、伊原の元に向かった。  車に近寄ると伊原は気づいて助手席のドアを開けてくれた。 「乗れよ、いきなり拉致ったりしないから」  助手席に身体を滑り込ませ、ドアを閉めるとぱらぱらとボンネットを打つ雨の音だけが車内に響いた。伊原は何かを思い詰めるように押し黙っている。槇はなんと言って切り出せばいいかわからず、とりあえず手にしたままの傘の事を尋ねた。
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