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「俺がいきなり訪ねていって、……道路で倒れた時だよ」
槇が興奮を抑え言葉を重ねると、やっと思い出したようだ。それでも悪びれる様子もなく、きょとんとした表情を浮かべている。
「あれは、会社の飲み会で遅くなって、もう終電なくなったっていう後輩がいたから泊めてやろうとしただけだ」
予想外の答えに槇は慌てた。だが、他にも伊原が自分のことを好きであるはずがない証拠はいくらでもある。
「だって、初めて伊原の家に行った時も、ろ、ローションとかゴムとか置いてあったし!」
「会う約束した時から槇を家に連れて帰るつもりでいたから予め用意しておいたんだ! 悪いか!」
「だって、だって、前みたいに付き合いたいって言った! それってつまり身体だけの関係って事だろっ」
伊原はとても傷ついた顔をした。
そんなはずはないと思いつつ、氷が少しずつ溶け出すように、傷つくまいと自分自身をがんじがらめにしていた鎧が剥がされていく。
本当に、伊原は俺の事を――?
「マキは俺の事、そんないい加減な人間だと思ってたのか?」
深い溜め息と共にがっくりと肩を落とすと、伊原はハンドルに顔を伏せた。
「なんか、俺、一人で空回りしてたんだな……」
返す言葉が見つからなかった。
もしかして、自分はとんでもない勘違いをしていたのだろうか。
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