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ぼうっと見惚れていると、伊原は少し首を傾げてにやりと笑う。
「マキでもスーツ着るとちゃんとサラリーマンっぽく見えるんだな」
「どうせ、俺はお子様ですよ」
背が標準より低く童顔なため、スーツを着ていないと学生に間違われることはよくある。下手すると高校生扱いされてしまう時もあるのだ。わざとむくれてみせると伊原は槇の頭をくしゃりと撫でた。
「悪い悪い。なんか高専時代の印象のままでいたからさ」
三年の月日の隔たりを感じさせない喋り方。なんのわだかまりもない伊原の振る舞いに槇は泣き出してしまいそうなほど嬉しかった。まるで学生時代に戻ったような甘くて切ない感情が蘇る。
しかし、次に伊原が発した言葉に一気に血の気が引いた。
「それよりさ、マキ、少し太った?」
もちろん事情を知らない伊原は軽いからかいのつもりだったのだろう。女の子でもあるまいし、普通ならばそれくらいのことでショックを受けたりしない。
ただ、槇は事情が違う。嬉しい気持ちが一転、しぼんでしまう。
――太ったのは薬の副作用のせい。
病気のことは言ってはいけない。こんな自分を絶対に知られてはいけない。そんな思いが一瞬にして頭の中を駆け巡る。
「デスクワークばっかりで、運動してないし。もう中年太りが始まってるのかも」
咄嗟に、嘘が口を衝いてでた。
伊原は特に気にする風もなく「まぁ、昔は痩せ過ぎてたくらいだからな。そのくらいでやっとちょうどいいだろ」と言いながら「行こうか」と槇を促した。とりあえずその話題がそこで終わった事に槇はほっと胸を撫で下ろした。
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