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デパートやファッションビルが軒を連ねる華やかな大通りから、飲食店が立ち並ぶ横道に入る。車の往来も少なく、街灯もまばらな通りは先ほどまでの騒々しさが嘘のように静かだった。二人で並んで歩いていると、周囲の店から楽しそうな話し声や音楽が微かに聞こえてくる。
「そういえば、あのラジカセ調子どうだ?」
「ん、調子いいよ。むしろ前より音が良くなってる感じ。伊原のおかげだよ」
修理に出していたラジカセが取次店を経由して槇の手元に戻ってきたのはつい先日のことだ。
修理伝票の修理者の欄に「伊原」と記されているの見つけ、槇は感慨深いものを感じた。このラジカセに伊原が触れ、そして息を吹き返させたのだ、と思うと余計に愛しさが増す。
自分のあまりにも報われない想いを憐れんで、このラジカセが伊原に導いてくれたのではないかと乙女のような空想までした。
「ま、それが仕事だしな」
伊原は照れつつも、少し誇らしげだ。
「それと、テープも元通りにしてくれてありがとう」
中に入っていたテープは取り出され、ポリエチレンのジッパーバッグに収められ一緒に返ってきた。切断したので捨てる、と言われた時には本当に悲しくてどうにかなりそうだったが、試しに聴いてみたら以前と変わらず聴けたのだ。
「あー、あれね」
伊原は少し困った顔で首の後ろをさすっている。
「ごめん、嘘ついた」
「え?」
「実はテープ絡み起こしたってのは嘘。ああでもしないと槇に電話かける口実みつけられなくて」
「本当は壊れてなかったって事?」
「うん、まぁ、その……あっ、そうだ」
なんだか慌てたように、急に伊原はごそごそと自分のバッグの中を探りだした。
「ほら、酔っ払って忘れる前に渡しとく」
手渡されたのは透明のプラスチックケースに入った真っ白なCD-R。手書きでタイトルが書かれている。
「電話で、今聞いてるの貸すって約束したろ? それ、俺が焼いたヤツだから返さなくていいから。CDならテープみたいに劣化しないし」
「ありがとう。大事に聴くよ」
槇は、伊原からの初めての贈り物となるそのCDをそっと包む込むように胸に抱きしめた。それから、丁寧にブリーフケースにしまう。
どちらかというと大雑把で普段は少し強引な感じなのに、そういう細やかな心遣いも忘れない、伊原は昔からそういう男だった。そういうところにも槇はどうしようもなく惹かれたのだ。
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