プロローグ

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 伊原はもともと人付き合いが苦手な人間ではない。むしろ大勢で騒いだりするのが好きなタイプだ。少なくともここで働きだすまではそうだった。  県内にある国立の高等専門学校の機械工学科を卒業して、大手AV機器メーカーSunnyの完全子会社SunnyEMCSに就職して早や三年。商品開発や設計、顧客サービスを行うこの会社で「自分の手で何かを創造したい」という夢を持っていたが、現実はそんなに甘くはなかった。  ラジカセやコンポの修理を行う部署に配属され、来る日も来る日も「音出ず」「音とび」「CD出ず」などと書かれた修理伝票と共に押し寄せる故障品を機械的に修理していく。そんな単調な繰り返しだけの毎日に次第に気力は削がれ気分は沈み、自然と付き合いは悪くなり飲み会などに誘われる機会も減っていた。  サラリーマンは会社の歯車だというけれど、まさにその通りだと思う。同じ場所でぐるぐる回り続けて少しずつ磨耗していくだけだ。  いつか、擦り切れて使い物にならなくなって、ほかの部品に交換される。  この修理品たちのように。
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